愚者を屠るに憚り事なし。
――博打に負けて悲惨な死に方をした博徒は、古今問わず数多いたことだろう。
しかし、果たして、今のこの俺の現状、先に確実に横たわる煉獄、地獄、この救いなき状況に、勝る者などいただろうか?
石綿を詰め込んだように働かないカイジの脳みそに、現実感の無い悲鳴が否応無くめり込んでくる。途切れ途切れに、だが絶え間なく、人間の悲鳴と言うよりは、どちらかといえば畜生のそれに近い。屠殺場へ送られると本能で嗅ぎとり暴れる豚だ、残念ながらこれは食肉には適さない豚だが。
俗に“断末魔”と称される絶叫の音圧はすさまじい破壊力を伴い、
それは例えるのであれば気道さえも塞ぎ息がうまく吐けない程で、
更には鼓膜を舐め溶かし嬲るほどの威力を持ち、
一方で生命が最期に奏でる旋律のようでもあり、
言わば内臓から細胞の壊死が起こりかねないような種類のもので、
つまり簡潔に一言で表すのであれば、
頭がおかしくなりそうだった。
それまでどこからともなく、たゆたう様に流れていた交響曲が唐突に鳴り止むと、部屋には和也の鼻歌だけがか細く流れた。その傍らには血濡れになった男が一人、やっと、というようにこと切れ骸を晒していた。
***
村岡隆とのギャンブルに敗れ、多額の借金が事実上支払い不能となったカイジには、残酷な現実が付きつけられるばかりだった。
「カイジ、今日、このまま、ヤるから。」
目をかけていたのに何だその体たらくは、という落胆があったのだろう。和也の応対は至極冷淡なものに変っていた。罵倒も恫喝も無く、ただ執行の事実のみが淡々と言い渡された。
無為の落涙止まぬカイジが拉致され放られたのは、全面が白く、ツルリとした壁に囲まれた地下室だった。広さにして12畳ほどだろうか。中央に鎮座する人一人がちょうど収まるようなステンレス製の台と、山積する医療用具、加えて似つかわしくないチェーンソーが投げ出されているのを一瞥しただけで、ここが処刑場なのだと心底納得させられた。しかしカイジには絶望に足を竦ませる権利も暇すらも無いという勢いで、よってたかって黒服に服を剥かれ、屈辱的な姿を晒された。挙句に強か床に押し付けられた瞬間、カルキのような、漂白剤のような匂いが微かに鼻をついた。消毒用に撒かれた次亜塩素酸の匂いだったが、その正体は分からずとも、何の目的で撒かれたかは容易に想像がついた。
「なんで俺がこんな目に!?ふざけるなっ・・!あっていいかよこんな話・・・!!許されていいわけねぇっ・・!くそ、くそぉっ・・・・・!」
暴れようが罵ろうが、黒服の拘束は弛まなかった。往生際悪くジタバタしていると、半刻を待たずして和也が姿を現した。話の通じない相手ではないという腹積もりのあったカイジは、なんとかして取引を持ちかけようと算段していたが、和也の様子を見て思わず言葉を飲んだ。先ほどとは明らかに気配が違っていたからだ。何がどう違うのか、と問われると難しいが、全身から放たれる底なしの邪悪さが増していた、というのが一番しっくりくる。眼は瞳孔が開き切って一点ばかりをみつめ、身体は意味も無い動作を繰り返し震えている。首を傾げた姿勢のまま数分立ちつくしたかと思えば、懐から何物か取り出し、サイドテーブルにぶちまけ始めた。ばらまかれた小さな円柱形の容器を一つ掴むと、中から白色の粉体をトレーに開け始める。意味が分からずただ息を飲み見つめるしかないカイジに、和也は初めて声をかけた。
「これね、カードで刻んで細かくしておかないと、スニッフした時に鼻痛くなっちゃうんだよね。炙ってもいいんだけど、フリーベース気にしなきゃいけないし効きがショートなんだよなぁ、すぐにダルがガーン!ってくるしさ。炙って気化させるってのは熱膨張させるってことで、分子拡散が活発な状態で入れるとすぐキタキタキタって感じになるのは分かるじゃん、なんとなくイイ感じするじゃん、でもガッときてその分スッと抜ける感じが虚しいっていうの?上がったらそのままずっと上がりたいじゃん、あー落ちてきた〜って思う度にあくせく入れてたら上がれるもんも上がれないと思うわけ、だったらピークも鈍めでちょっと無駄になっても立ち上がりがじんわりしててダラダラ続くスニッフが最良って結論に達するのはとどのつまり自明の理ってやつだと俺は思ってるわけ。そうじゃね?そう思わね?違う?」
違う?と問われても、そもそも何を言っているのか理解不能だった。
かける言葉がみつからず、唖然とし続けるカイジを鼻で嗤うと、和也はその白色の粉末を細いストローですー・・・と静かに鼻から吸い込み始めた。
流石のカイジも、ここに至ってようやく事態を理解した。
「お、お前っ・・・!それ、クスリじゃねーかっ・・・!馬鹿か、すぐ止めろっ・・・!おい、いいのかよ、お前らも放っておいて・・・!」
己の立場も忘れたカイジの必死な制止も、もはや和也の耳には届かないようだった。あらかた吸い込み、頭を大げさに仰け反らせて恍惚の表情を浮かべ、口元はだらしなく開け放たれていた。焦点が合わないのに、眼光だけは異様にギラついている。違う世界に入り込んだ人間のする目だ。
なおも喚くカイジに、和也は静かに宣言した。
「カイジさん・・・今から、特別にショーを見せてやるよ。」
同時に、場違いなほど壮大なクラシックが部屋に流れ始める。それは、地獄の釜の蓋が開けられた合図だった。
「ほら、ここ打つとさ・・・筋肉が収縮するじゃん?・・・脊髄反射、っていうんだって、こういうの。」
和也はこう呟くと、もう一本、大ぶりの釘を手に取った。それは釘と呼ぶにはいささか無理のあるように思える、折れ釘と呼ばれるものだった。四角い断面を持つ、長さ約10センチ、5ミリ角のもので、槌を打ち付ける側に小さく返しが付いている。本来は物を掛ける為に柱に打ち付けて使用するものだが、和也にしたら、こんなに良い責め具はないと見たらしい。わざわざ特注させた釘の仕上がり状態を嬉しそうに確かめると、意味もなくカカカ!と上機嫌に笑った。
“ショーを見せてやる”という宣言の直後、この白い処刑場に全裸の男がひったてられてきた。歳は50絡みだろうか、頭髪は薄く、だらしなく緩んでしまった腹に、くしゃくしゃにくすんだ皮膚がどうにか乗っている、矮小な印象の男だった。
カイジと同じようにわぁわぁ喚き、止めてくれと懇願し、神頼みを始め、通用しないと分かると激昂し、罵るのだが、翻ってまた懇願するというサイクルを延々と繰り返す。その男の体に和也は容赦なく例の釘を宛がって槌を振りおろした。一際大きな絶叫が反響し、一度静かになると、更に奥深くまで打ちこむ。皮膚の真皮層を越え、筋肉を破り、骨に至ると薄い木片を折ったような鈍い音がし、間髪いれず次の釘が宛がわれる。初めは耳、次は掌、そして足の甲、続いて睾丸、その後はふくらはぎ、腿、二の腕まできたところで、男の体は既に針山の様相を呈していた。カイジはその間ずっと叫び続けた、止めろ、ふざけるな、許されない、こんなことして何の得がある、だがどんな言葉にも和也は反応を示さない。
「カイジさん、ここからがいよいよお楽しみ・・・人間の体の神秘ってやつだよ。」
言うなり、釘を男の頭に宛がった。男は、今度こそ本当に火が付いたように泣きだした。
「ここからいこう。」情け容赦無く、厳かに狙いを一点に定めると、思い切り槌を振りおろす。ゴッ、という耳触りな音と共に、男の体は暴れ馬の様に大きく飛び跳ねた。咽からは、「ごんぎゃぐごげぇげげげえぇぇぇ!」という、この世のものとは思えない絶叫が飛び出し、頭皮と釘の際からは正体不明の体液が滲み出る。和也はその様子を見るなり大はしゃぎにはしゃぎ、転げまわって大笑いし、
「思ったより面白いな〜カカカカカ!・・・これさ、深部脳刺激っていうんだって。まぁ、本来は電極刺激でやるみたいだけど・・・借金の返せないクズの治療法としては、コッチの方が有効じゃね?」
そう言い終わるか終らないかの瞬間、二本目の釘を打ち付けた。それもきちんと生命維持系統の分野を避けて打ちつけていたが、カイジはもうそんなものは見てはいなかった。こんなものは既にリンチとは言えない、ただの殺戮、虐殺だ。目を固くつむり、夢なら覚めてくれと白痴のように願う。むせ返る血の匂いに、もうまともに思考は機能していなかった、ただ涙が溢れ、激しく嘔吐するばかりだった。
その後どれほどの刻が経ったのか・・・男の魂の様な叫びが上がったところで、和也の『治療』は終わった。タイミングを図ったのかのようにそれまで流れていたオーケストラが止み、和也の細い鼻歌だけが場を打った。流れのままに、返り血が固まりニカワのようになってしまったスーツを脱ぐ。そうしてゆっくりと振り返る和也の口の端だけが微かに、ごく僅かに釣り上がっていた。
「ここからが面白いのに・・・カイジさん、全然見てないだもんなぁ・・・。」
とは言え、とても見れたものではなかった。こうした惨状を見慣れているはずの黒服でさえ目を逸らしたほどだ。脊髄反射がよほどお気に召したらしく、一箇所を執拗に責め立てた痕に、執着を越えた執念めいたものを感じさせた。
もはや出るものは胃液ばかりとなったカイジの元へ、高らかな足音が近づく。涙でぼやける視界に、アルマーニのローファーが侵入してきたところで、カイジの身体はおこりを起こしたように震えだした。
「カイジさんは、ヤる前に・・・ちょっと入れとこうかな。」
この発声と同時に黒服の拘束が急に解かれ、カイジは慌てて手近にあった服をかき寄せた。何故その動作をしなければならないのか、本人にもよく理解できていなかったが、文字通り脊髄反射で動いたのだ。だが所詮は布の寄せ集め、カイジの存在を透明人間にしてくれるわけでも、ここから逃げる手立てを与えてくれるわけでもなく、かえって目の前のこの、残虐非道極まりない男の嗜虐性を駆り立てただけだった。
レイプの醍醐味は、こうした閉じようとする性反応を強引にこじ開けることにある。無様に後ずさり、爪先が白くなるまで布きれを握り込むその姿は、危険を察知して蠢く虫と何ら変わりがない。違いがあるとすれば、蹂躙する余地がどれほどかという程度だろう。
内臓に侵入されて反応しない女はいないが、男の方がより顕著だ。どんなクズでもなけなしの尊厳を踏みにじられて絶叫しない輩はいない、昆虫の様に地を這って這って逃げ回った挙句の痴態に愉悦を感じないのは不能か偽善か?どちらにせよ生きている価値が無い。
和也はしばらくカイジの様子を眺めるような遠い眼で見ていた。が、おもむろにしゃがみこみカイジの左手首をぐっと掴み引き寄せた。
「な、なに、・・・す、んだ・・・」
恐怖のあまり根の合わない歯をカタカタ震わせて、カイジは辛うじてそれだけを音にした。言葉にしたとは言い難かった、それほど悲惨な響きがあった。閉じることも叶わなくなった口の端から一筋、二筋と次々胃液の混じった唾液が伝い、首筋へと伸びていく。その不透明な流れを、臭う汚泥を見るような眼で和也はジッと見ていた。
「カイジさんさぁ・・・なんか誤解してない?」
和也がおもむろに口にしたその言葉を、カイジはすぐに理解出来なかった。
「俺は、俺は確かに、確かに、いいい今キメてるけど・・・きまっちゃいるけど・・・けど、理性全部ぶっ飛んで自分がしてること分かんねーとかそういうことじゃないわけよそういうことなんだよ分かる?あ、あ、ああ分かんねーか、うーんとどう言やいいかなー・・・アレだよ、カイジさんだってさ、ど、どんなにイイ女抱いてる時だって・・・それっきりだったとしたらさ・・・本当は突っ込んでやる価値もねぇ見た目がちょっと上等なだけのクソだったりするとさ・・・頭のどっかで冷静だったりするだろ?・・・あ?カイジさんドーテーだったっけカカカ!キキキ!クゥークゥー!・・・それじゃあダメだな・・・全くさぁ、なんでカイジさんってそんなクズでゴミなの?ククク、ク、ク、なんつーの・・・だだだ、だから・・・あー・・・めんどくせえな、カイジさん、だから俺は今至極冷静なわけよ、クク・・・ククククク・・・!だからさ・・・俺はカイジさんに、お、同じことはしないって・・・タブン・・さっき、みたいな・・そう、さっきみたいな真似は!!・・・今、そんな虫ケラ団子みたいになっちゃってんのはさぁ・・・それが心配っつーか・・そういうことだろ?そうだろ?そうなんだよなぁ!?きっとそうだ!そうだそうだそうだ!!!そうなんだ!!!!!ああああああああやっぱ俺天才じゃね?俺やっぱ認められるべき人間だろ!???分かる?分かる?分かってますかーーーーー!!!!!!ああぁぁ?ぁぁぁあアアアァ分かれ!分かれよクソが!!!!!クソ!!クソ!!クソ!!!!!!!!
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・カカカ・・・クク・・!なに、まぁ、たまんないけどね、・・・そういうツラしてるカイジさんもさぁ!誘ってるとしか思えないわけよ・・・なぁ?あ?」
目が完全にイッていた。
この狂人の何をどう理解しろと言うのだろう?
カイジは自分の頭を壁にしこたまぶつけたいと思った。平静さを取り戻さねばならない、この場では利口であることが肝要だと思ったからだ。だが状況がそれを許さなかった、恐怖で縮みあがった身体は、肘すら伸ばすことを拒んだ。
「俺さっきからフル勃起なわけよ、これさ、ももももう、可哀そうだと思わね?」
ありていに言えば、今の和也にして、可哀そうでないところなどただの一つも無かった。
鬱血し、別の生き物のように震える隆々としたペニスが、カイジの鼻先5cmに突き付けられる。見れば、ところどころに、針を刺した痕のような穴から血が薄い筋を作っていた。
おまけにいつ達したのか、精液の青臭い匂いが漂ってきて、思わず顔を逸らせたカイジの頬を、和也は力任せにぶん殴った。本当に何の手加減も無ければ躊躇も無かった。
「何シカトしてんの・・?俺今可哀そうだよねって言ったじゃんナニソレ?今のなに?なんなの?どうしてそうなるわけ?ねぇ。」
半笑いなのがまた恐ろしかった。
殴られた瞬間、歯の奥で鈍い音がした、何本かイってしまったかもしれない。
「か、和也、てめっ」カイジは言いかけて黙った。黙す以外に選択肢は無かった、ナイフの硬質な光が視界を塞いでいた。
「うまく出来なかったら・・肩の皮、リンゴみたいに剥いちゃうよ?カイジさんの皮・・・おいしいかなぁ?焼かないで、そのまま食べてみよっか・・!煮切り醤油とかつけて・・!いやいやいや、それならちょっと炙ってみてもいいかも・・!!」
カカカカカ!っと陽気に嗤う和也を見て、カイジは生と死の天秤が一度にひっくり返った。慌てて正座になって和也のイチモツを握る。正確には握ろうとした瞬間、また殴られた。「なんで手?」髪をひっつかまれてイキナリ喉奥まで突っ込まれた。「手コキとか野暮じゃない?ここは当然フェラチオじゃない?ね?」酷く優しい口調だった。
カイジはその問いかけに答える代りに、コクコクと頷き舌を蠢かせた。そこには獣の様な臭いと、性器独特のぬらりとした皮膚の感触があり、次に、和也の血と、和也の精液と、自身の体液の味がした。
今まで散々生き死にの博打をしてきたおかげで、カイジは死の匂いにはひどく敏感だ。
これほど絶望的な状況にあって奇跡的に歯もたてず奉仕することができた。ここで和也のご機嫌を取ったところで地獄が先延ばしになるにすぎない、この男は決して人を許さない、許すことなどあり得ないということは火を見るよりも明らかだ。なのにこの滅私奉公、人の生きたいという本能は残酷だ。
奉仕を続ける顎が痺れ、舌の感覚がマヒし始めた頃だろうか。
「もういい」そう言ってカイジを性器からひっぺがすと、和也はゴロンと横になった。
「え・・・」奉公から急に解放され戸惑うカイジを見もせず、面倒臭そうに指を指す。和也が指さす先には、自身の性器があった。「乗って。乗れって。」それは脅迫だとか命令だとか、そういった色気染みたものをすべて排除した指示の様な、無感情な響きがあった。
カイジは全身の肌がめくり返るような、凄まじい寒気に襲われた。流石に意味が分からないじゃない。再び涙が堰を切ったように溢れてきた。
こわいこわいこわいこわい!!なんで俺が!!俺がこんな目に!??嫌だ助かりたい、助けて、嫌だ、こわいこわいこわいこわい止めてくれ!!!もう止めてくれこんなキチガイ沙汰は!!!!!!!!!
まっ白い顔で固まっていたらナイフが飛んできた。それは左腕を数センチ裂いて壁に突き刺さり、黒服が慌てて新しいナイフを恭しく和也に差し出す。
数秒置いて、腕から鮮血が静かに滴り、そのままカイジの太ももを濡らした。和也はその様子を見るや、目を爛々と輝かせて次の狙いを定めた。ナイフの位置からして首筋を狙っているのは明白で、カイジは光の速さで和也の元へ己が身を差し出す。「なんだ、もう、終わり・・」男は不満げな口調で、だが、恐る恐る秘部に性器を宛がうカイジの様子を眼球が飛び出るのではという勢いで見つめた。
しかし上に乗ったこのロクデナシは、うん、とかぐぅ、とか唸るばかりでまるで埒が明かなかった。和也はまぁ、素直に受け入れられてもツマラナイけど、とひとりごち、ロクデナシの腰を掴んで無理に落させた。
「ぅくぐぅううあああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
大げさな絶叫がカイジの喉から迸り出た。「え?まだ先っぽだけど?どうかした?」和也は至極不思議そうに、本当に不思議そうにそう言った。
カイジに答える余裕は無かった。肛門のひだに沿って、皮膚が紙のようにビリビリと破けてしまったのではないかという痺れる程の痛み。同じくして、猛烈な熱さが襲ってくる。異物感がどうとか、ウンコが逆流してるだとか、そんな想像力を巡らせる余裕もなかった。ただ酷く痺れ、痛み、熱かった。
「くっ、切れ・・、切れちまう・・!」
「大丈夫だよ、カイジさん・・こ、ココってさ・・そんなに簡単に裂けないんだぜ。知ってた・・・?」
救いようの無いカイジの叫びに、和也は上機嫌で答え、更に腰を沈めさせた。再び獅子の咆哮の様な悲鳴が降り注ぐ。目を細めると、和也は穏やかな表情でたまらないなぁ、と呟いた。
そこから先は凄惨な行為の繰り返しだった。何度達しても満足しない10代の肉体に貫かれ、カイジは何度も何度も中にぶちまけられ、挙句その白濁を飲まされた。吐けばまた殴られ、眼窩底がみるみる腫れ上がって血の涙が流れた。試合後のボクサーのようになってしまったカイジの顔を、和也はカワイイなぁ、うん、かわいくなったねぇと愛おしそうに何度も何度も撫でた。
打ち止めになるまで達した和也とは対照的に、カイジは最後まで一度も達せず、それが娼婦の意地であるかのように、ペニスは縮こまり萎えたままだった。
失神したカイジが機械的な物音に目を覚ました時、和也は背を向けて何かをすすっていた。
「足りねぇな・・・」
その独り言を聞いてカイジは慄然としたが、行為が足りない、ということではないらしい。
ズー・・スンスン、・・ズズっ・・・
しばらく不穏な音が聞こえ、振り返った和也の鼻は、赤く腫れて鼻水が垂れていた。
「やる?」
ストロー状のものを差し出され、カイジは力なく首を振った。
「あ、そう。」
鼻水を手の甲で拭いながら、和也は存外素直に提案をひっこめた。
「じゃあ、コレはまた今度な。」
満面の笑みに悪魔の囁きを一つして、和也はカイジの腫れ上がった頬に優しくキスをした。
「・・・さっきの、なに・・・」
カイジはうまく開かなくなった顎を叱咤し、辛うじて言葉を口にした。「ん?」いぶかる和也に、「おまえ・・・クラシックとか・・・聴く趣味、・・・あるんだ・・?」と続ける。嬲られていた間中、いざ執行の段になったら、きっとあの曲が流れるのだろうと思っていた。処刑時には似つかわしく無い、生きる希望に満ち溢れた旋律、空へと伸びるヴァイオリンの震え、花咲きこぼれるフルートの音色、しかしそれが観念時なのかどうか、無意味に確かめたくなったのだ。
「カカカ!・・・カイジさん、結構イイトコ突くじゃん・・・!あれね、いい曲だろ・・?カリンニコフって、今はもう・・忘れ去られた作曲家だけど・・・結核に苦しみながら35歳で死んで・・・その病の淵で書いたモンだよ・・・生きたくて生きたくて・・・諦めきれなかった人間が、最期に絞り出した煌めきみたいな・・・そういうモン、感じない?」
カイジは少なからず驚いた。この男に、そんな感受性があるとは予想だにしていなかったからだ。人非人の鬼畜道に必要な感性だとは思えない。
返事を待たず、和也は続けた。
「俺はさ、人殺すと・・・自分は生きてるって、実感するよ・・・だから殺す。殺す、殺す、殺す!粛々と実行!・・・俺、生きてる!・・・生きてるよ、俺って奴が、今、確かに、存在してるよって!・・・だからさ、俺は・・・死んでいく奴にはさ、感謝してんだぜ・・・!・・・んでさ、そんな時に、・・カリンニコフはピッタリ、なんだよなぁ・・・。」
ね?と問いかけながら、カイジの左腕を取る。容赦なく縄うたれ、縄目に沿って鬱血夥しいそれをベロリと舐めあげ、ひとさし指の付け根にある縫合痕を思い切り噛んだ。
「次はいつシようか・・?」
呻くカイジなど眼中に無いように、それはまるで次のデートの約束を取り付ける恋人のような風情だった。驚愕の表情を浮かべるカイジに含み笑いを浮かべると、もう一度指先を噛んで、和也はそのまま部屋を後にした。
知覚器官が半壊し意識煙るカイジも、時を待たずして黒服に担がれ、この部屋を出ることとなる。再びここに足を踏み入れるのは数時間後か数日後か?安寧な生の倦怠に浸かり、使いきれない精力を持て余すこの坊ちゃんの気まぐれに、どれほどの猶予があるのかは誰にも伺い知れない。
ともあれ、カイジは、一つの夜を乗り越えた。
まともに歩くことも叶わず、引きずられるように暗澹と廊下を行くカイジ、その脳裏に、俺にはあと幾つの夜が残されているのだろうか、という思いがふいによぎり、そのまま静かに意識を手放した。
End
[2010.8.14 up]
[2010.10.30]
つるぎやのつるぎ様より、イメージイラストを頂きました!コチラ
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