赤木さんは近頃めっきり口数が減った。
「おはようございます」と声をかけても返事は返ってこないし、「ご飯ですよ」と御膳を見せても眉ひとつ動かさない。「春めいてきましたね。外は気持ちのいい陽気ですよ」と窓を開けてみせても、たまに瞬きする他は、しなびた前髪が風で微かに揺れる程度だ。

 ただ、籐の椅子に座って庭を見るのは好きらしい。今も、じっと桃の花がこぼれるのを眺めている。焦点が定まっていないから、「観て」いるのではなく、「視界に入れている」だけかもしれないが、どことなく嬉しそうな様子であるから、好んでくれていると俺も嬉しい。

 俺は医者じゃないからアルツハイマーだなんだと病名を並べられてもよく分からないが、先週までは口数も多く、会話にならない会話のようなものは成立していたので、急激に症状が進んだように思う。そのうち咀嚼も出来なくなるだろう、こうやって椅子に座ることもままならなくなるのだろう、寝たきりになってまばたきすらしてくれなくなるのだろう。だから俺はこの一瞬間の連続を強く深く記憶に刻みつけておくことにしている。一つの情報も取りこぼしたくない。全てなぞっていたい。受け止めていたい。写真だとかビデオとかじゃ駄目なんだ、この、俺の細胞が、赤木さんという記憶を逐一しっかり捉えて、全身を巡っている事に意義があるんだ。


 嗚呼、今、赤木さんの口元が微かに動いた。乾いた唇の内側に並ぶ少しくすんだ色の歯が、唾液に濡れ春の日差しを浴びて、柔らかく光っている。



 赤木さんの入浴は毎日俺が手伝っている。着物を脱がせていつも思うのは、全身の筋肉の衰えだ。見ただけで、相当の筋力が失われてしまったと分かることが悲しい。ただ元々の造詣が優れているのだろう、赤木さんの身体はとても美しいと感じる。そうして右肩から腹脇にかけて真一文字に走る白っぽい傷痕に見入ってしまう。賭場で無茶をして斬り付けられた刀傷で、最初は赤黒かったが、次第にピンク色になり、長い時間を経て白っぽく変化していったという話だ。肌は全体的に艶を失くしてくすんでいるが、ここだけ十代の様にピンと張っている。体中を指先でなぞってもあまり反応を示さないが、唯一、この傷痕だけは激しく反応を示す。二人で湯船に浸かりながら、俺はいつもこの傷痕に爪を立て舌でなぞり時に噛みつく。今も赤木さんは腰を浮かし低く呻いてじれったそうな仕草をする。見れば赤木さんのモノはゆるゆる体積を増している。俺が手で包み込みしごいてやると、喉奥から甲高く緩い嗚咽が漏れた。体中が小刻みに震え、湯の熱にあてられたのか、それとも内に激しく巡る血の濃さにあてられたのか、薄紅に染まりその色香はどう言葉を尽くしても及ばない程に壮絶だった。赤木さんのソレはそう硬くはならないが、甘く勃ち上がって俺の愛撫を素直に受け入れる。あまり硬度がないので、激しくしごくと痛がってしまうのを俺は知っているから、ゆっくりと時間をかけて愛した。湯気で湿った肩の佇まいが酷く扇情的で、抱き締める背は心まで蕩けるほどに温かい。

 そうこうしているうちに、全身を強張らせて赤木さんは達した。白濁は湯の中で凝固し、水面に浮きあがる頃には細かく散ってまさしく花弁を散華させたようだった。

「赤木さん、ほら、花が咲いたみたいですよ。桜みたいだ。来月は車椅子で公園に行きましょう。楽しみですね」

 赤木さんはまだ震えが止まらない。幸せな気持ちになってくれていればいいな。俺はただいつもそれだけを祈っている。






[2012.4.9執筆]
[2012.10.4log]

■まるさんからのリク:肩の古傷が性感帯の神域で、エグいひろ赤