赤木さんが鰻の蒲焼を食べさせてやると言うので合鴨の雛の体で料亭についていった。
貼り替えたばかりの畳敷に座して配膳されるのを待っている間、俺は赤木さんを必要以上に見つめないよう時間をやり過ごすことに随分と苦労した。以前、凝視しすぎて「お前気持ち悪い」とストレートに言われたからだ。その時は憧れの赤木さんに罵られて甘勃起したので、すぐにトイレに駆け込んで反芻しながら手慰みを行ったが、あれは本当に意識が飛んでしまうかと思うくらい気持ちが良かった。以来、また罵られたいが側に置いてもらえなくなるかもしれないので、我慢している。
「お、きたぞ。ここのはなぁ、関西風なんだ」
お重からもうもうと香り立つ煙の向こう側で、赤木さんが嬉しそうに笑っている。
「関西風があるってことは、関東風もあるんですか」
「関西風はな、腹裂きで生のまま直焼きなんだ。関東風は、背開きで蒸してから焼くんだよ。その方が柔らかくなるし、腹裂きだと切腹を連想させて縁起が悪いだろ?関西じゃ、腹を割って話す、って意味で捉えてるらしいけどな」
「詳しいんですね」
「昔、うんちくを聞かされてな」
「赤木さんは関西風が好きなんですか」
「だから連れて来たんだろ」
お喋りの時間は終わり、と言わんばかりの勢いで赤木さんは箸を手に取って鰻を口に含んだ。艶のあるタレが赤木さんの薄い唇に付着して、それを赤い舌が舐め取る。頬が蠢いて喉が上下に動き鰻を嚥下する。また舌が顔を見せる。濡れて光る粘膜は酷くエロティックだ。口腔は生殖器だと俺は思っている。食事は誰もが見ることのできる小規模なセックスだ。だから粗相があると他人から顰蹙を買う。
「美味しいですね」
「そうだろ。矢鱈に柔らかいモンばかり有難がられるが、歯の無い老人じゃあるまいし、なんでも柔けりゃいいってもんでもないだろ」
そうじゃありません。赤木さんが、俺の目の前で食事をしている、その事実が俺にとって御馳走なんです。
赤木さんを食べたらセックスしたことになるかな。上品に食べなきゃいけないよなぁ。じゃあこの鰻みたいに赤木さんを捌くか。腹から裂こうか。背中じゃ顔が見えなくて寂しいもんな。関西風になるのか。腹裂いたら臓物を引き抜いて、からっぽになった空間に入りたいな。それくらいしないと、赤木さんのナカに入っていけない様な気がする。俺の存在なんて残らない様な気がする。タレはどうしようか。俺ので濡らしてあげようか。色が白焼きになっちゃうけど、赤木さんの血と混ざればそれっぽくなるからいいよな。なんだっけ、生のまま焼くって言ってたな。そうだよな、何事も生(き)のままがいいよな。生娘って言葉があるくらいだもんな。それだけ価値があるってことだもんな。うん、美味しそうだ。
「・・・どうした?口に合わねぇか?」
赤木さんが肝吸いを飲みながら言う。そうか、引きずり出した臓物は吸い物にすればいいのか。
「あ、いえ・・・あまりに美味しくて、どうやって作っているのか考えていました」
お前、そんな真剣な顔して、料理人にでもなる気かと、赤木さんがカラカラ笑う。
俺は、ええ、まぁ、頭の中だけでですが、いや、実現させたいのは山々なんですけど、いつかこの胸の内をお話出来ればとは思っています、と声にならぬ返事をした。
[2012.3.20up]
アビ子さんからのリクだったんだけどどんな内容だったかは忘れてしまった。
まるさんからの「カニバ」要素も取り入れつつ、書きました。40分で!
最近は早書きが楽しいw
|