04.コカイン――
 俗にコーク、チャーリー、Cと呼ばれる快楽追求型のドラッグ。形状は粉で、クレカやカミソリで細かく砕いたものを鼻から吸い込むのが一般的。ちなみに鼻から吸引する行為は「スニッフ」もしくは「スニッフィング」と言う。もちろん鼻の粘膜を酷く痛めることになるのは言うまでもない。
強烈な快楽中枢への刺激は多幸感を増幅させるが、その分反動も大きく効果が切れると気分が落ち込み、これを解消する為スニッフする・・・という地獄の繰り返しが待っている。





 ゾロを見る時、サンジは食材の鮮度と良し悪しを厳選する料理人の様な目つきになることがある。手に取り、嘗め回すように見る、その時の残忍で妥協の一切無い目。要るものと要らないものを区別し、容赦無く切り捨てる目。調理方法を思案している時が一番冷徹な目をしているかもしれない、命を屠り、刃を入れ、身を裂き、しかし口元には喜びから微かな笑みさえ浮かんでいる。

 鱗を毟り取る様に服を剥ぎ、内臓を引きずり出すように人格を奪い、美味しく頂く為素材を損なわない程度に火を入れる、これは多少の暴力に反映されていた。

 要するに、サンジにとって調理とは、即ちそのままゾロを刺す行為と同意であるのだった。



 お前の尻を捌いて焼いたら旨そうだなぁとゾロは面と向かって言われたことがある。ルフィからだ。ロクに魚も釣れず、新たな島も見当たらず、しかしサンジの采配によって僅かな蓄えが残されていたから飢えも極まった状況で無かったにしろ、それなりに逼迫した日々が続いていた頃、船長がポロリと零した言葉だった。

 確かにゾロの尻は肉付きがいい。単純に筋張っていてガチガチと音を立てそうな無遠慮なものではない。筋肉の一つ一つが弓に張った弦の様に緊張を保っているが、固いというワケではなく、しなやかさがある。肉に弾力と柔軟性と共に緊張感が無ければ、鬼神染みた動きなど出来様はずも無い。ゾロはルフィの様なパワーファイターではない、かといってサンジの様なスピードファイターでも無いがだからこそ両者の均衡を保つための筋力には矛盾した要素が求められる。それを体現し得た肉体は確かに素材としては最高のものかもしれなかった。

 その時は笑って受け流したが、ふと目を合わせたサンジの目は真剣そのもので、いつも食材の買い出しに付き合うときに見せる『素材を吟味している時の料理人』の目そのものであり、「今お前は俺にとって一個の肉塊でしかないのだ」と言わんばかりの真摯な暗さは哺乳類としての生物に畏怖を感じさせるのに十分なものだった。

 だがサンジはゾロに対して「お前を捌きたい」等と口にしたことは一度もない、ゾロを縛り上げて手酷く扱う時でもだ、当然と言えば当然だ、ああいう発言はルフィのような邪気の無い人間にのみ許されるものであって、断じてサンジのような人間に対して許されるものではない、もしそれを口にする時は正しく実行する時であって、これは同時に自分の命もルフィに投げ出したということになる。自分を屠れるのはゼフだけだとサンジは固く信じている。だから咽まで出掛かったとしても口にはしない、しかし目は口ほどに物を言うのであった。


 実際ゾロは怯えていた。微かにだが、しかし確実な怯えだった。


 何故怯えているかと端的に言えば、夜、サンジがゾロを丁重に扱うことがあまりないからだ。多少乱暴されても壊れない丈夫な体が仇となったか、「これもトレーニングのうち」というよく分からない理屈でハムを作る感覚で肌に縄目を付けられたりする。それも酷く鬱血して赤黒いだとか、紫色だとか通り越してしまって、人として出してはいけないような色になる。肌も緑色になったり、オレンジになったり、黄色くなったり、忙しいのだということをゾロはこの船に乗って初めて知った。
ムスコを音を立てて吸われている時なぞ、ゾロは例外なくぞっとする。ゾクリと、するのではなくてぞっとする。そのままペニスをストロー代わりに内蔵も吸い尽くされてしまうような気がする、サンジはそういう男だ、興味がそそられると強迫神経的に気が済むまでやり続ける、そこに慈悲や良識といったものは無い。一切の妥協を許さないということが全てにおいて共通している。料理人という生き物はこういう生き方しか出来ないのかもしれないと時々思うが多分少し違う。サンジの場合はもっと暗澹とした深さがある。それが幼少期の、過酷な体験からきているのだとしたら、きっとサンジは選ばれたのだ。それはとても痛ましいことだと思う。

 ゾロの内臓を全部吸い上げてしまったら、その細腕で開きにして干してしまうのだろうか。やはりサンジは満足げな顔をして捌き、調理し、ルフィはその肉を旨いと言うのだろうか?よく快晴の甲板で大の字になって寝ている時、サンジは「そんなとこで寝てたら焼肉になるぞ」と声をかけてくるが、本当は焼ければいいと思っているに違いない。






 朝もはよからメリー号船内に耳障りな金属音が響き渡った。

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガン、

 サンジがキッチンで鍋底を叩く音だった。脳底を引っ掻くような不愉快さ。サンジという存在はいつでもゾロのどこかに爪を立てる。

 引っ叩きたくなる様なノイズに混じってメシだぞーっという号令が聞こえる。途端に、食いっぱぐれてはなるまいと勇んだ足音が一室に集中した。テーブルには少し青の刺繍の入った白いクロスが敷かれ、盛り付けられて配色の良くなった皿が誘うように湯気を立てて並んでいた。夜毎ゾロを徹底的に苛む手と同じ手で作られたものなのだ。サンジはいつもゾロを虐げることで新しいレシピが思い浮かぶと言う。この料理はその時出来たものか?あの晩か、それともあの時か、それとも・・・考えただけでゾロは吐き気を覚えて手が震えた。手始めに目に入ったスープを飲んでみる、トロミが効いて体の芯から温まるような優しい食感だったが、今のゾロにしたらドロリとしたものが咽に下っていく感触で思い起こすことと言ったら一つしかなく、うっかり器を叩き割りそうになった。恐ろしくなったからだ。しかし食べなくてはと思うと今度は手元が覚束無い。そういえば、食べることに畏怖を覚えるようになったのはいつの頃からだったか。サンジの料理は、うまい。うまいから怖くなる。それだけゾロが苛まれた証でもあるからだ。チョッパーが気持ち不安そうな視線を送るから、曖昧に笑っておいた。ゾロはいつの間にか、優しく笑うのが上手くなっていた。



 三日くらい前の晩のサンジの弁。


「  W
   x
   Y

とかさ、そういう象形文字みたいなのだけで女体を妄想出来る逞しさって俺は羨ましいんだ、想像力の問題なんだよ、発想力が鍵なんだ、そういうものがどんどん衰えていっているのが分かるんだ、レディを実際に抱くと幻想なんか無くなっちまうだろ?童貞だった頃思い出してみろよ、オッパイの感触は?アレの形は?入れる穴なんかどこにあるかも分かりゃしねぇ、俺なんかさ、クソする穴と、ションベンする穴と、チンコ突っ込む穴と、ガキが出てくる穴と、4つもあると思ってたんだぜ、クリトリスなんてなぁ、レディにもちっこいチンコが付いてるなんて目から鱗だったよ、でもそんなもん知らねぇからアレやコレや想像してさ、そういう時間って意外と楽しかったと俺は思うんだよね、だけど実際コトが済んだらなんだこんなもんかよって思うだろ、普通はそうだ、だから脚色して楽しもうと必死なんだよ、滑稽とは思わないか、縛ったり罵ったり、アナルプラグ突っ込んだりスペルマぶっかけてみたり、つまりそういうことだよ、今俺がお前にしてるみたいにさ、」

 サンジは遠い目でゾロを見た。当のゾロはずっとおし黙ったままで頷きもしなかったが今のサンジにとってそれは矮小な羽虫が音も立てず飛んでいるくらい本当に小さな小さな出来事だ。

「一番酷かったのはアレだな、街歩いてたらイキナリ強烈に突っ込みたくなっちゃってさ、でもレイプは俺の趣味じゃないから裏路地入って慌てて女買ったんだけど、暗くてよく分かんなくってさ、でもなんでも良かったからとりあえず抱きついたらさ、骨に当たってガツっていいやがった、木箱抱えてるみたいなんだぞ、瑞々しさのカケラもありゃしねぇ、腕回した途端にガツっていったんだぞ、本当だ、俺は女を抱いたハズだったのにガツっていいやがった、それで剥いたらやっぱり皮と骨ばかり、大根がおろせそうだったよ、だからな、ああ、俺は最下層の女を買ったんだって嫌でも認識させられたよ、骨じゃなくて肉を買ったつもりだったんだけどな、もう限界だったから勃つことは勃ってたけどさ、扱かれたって、今度は俺のムスコが大根になったみたいでさ、骨ですりおろされて減るかと思ったよ、実際段々縮こまっちまって、お楽しみどころじゃない、しょうがないから口に突っ込んだら、今度は歯が無いんだよ、商売用に全部抜いちまったんだと、でも俺が思うに溶けちまったんだと思うな、歯茎にいじけたみたいな歯根が真っ黒くなってちょっと残ってたしな、コークなんかさぁ、スニッフし続けると、しまいにゃ鼻の骨溶けちまうだろう?多分歯茎に塗って奉仕でもしてたんだろうな、勿体無い使い方だよなぁ、きっと骨もグズグズだぜ、バキバキ折れ出さないだけマシだったかもな、でもなぁ、歯の無いフェラチオはなかなかのモンだったぞ、悪くはないけど、俺は何者にぶっかけようとしてるのか分かんなくなってさ、怖くなって途中で逃げ出しちまったよ、フルチンのままさ、裏路地走ってさ、いやもう相当カッコ悪かったなぁ、でもな、アレはちょっと忘れられないんだよね、
なぁお前剣豪になるのに歯なんか必要なのか?全部抜いたら?」

 サンジは至極真面目な顔で話し続けている。

「歯が無いと踏み込みの時力がはいらねぇ。」

 ゾロはやはり俯いたまま至極まっとうな意見をごく真面目に返した、表情には何の翳りも無かった。そのゾロはというと、足は限界まで開かれ、折り畳まれた状態で縄目が食い込み赤く腫れあがるほど強く縛り上げられていた。サンジに手加減がないものだから、酷く痺れてもう感覚は無い。腕は拘束されていないが、絶対に手を出すなと言われて使い物にならない。自由になるから逆に辛かった。これなら使えないようにされた方が諦めがつくというものだ。痛みをやりすごそうと腰の力を緩めると深々と差し込まれたアナルプラグが抜けそうになる。落としたらまた殴られる、殴られるのは構わないが、これ以上スペルマを飲まされることだけは勘弁したかった。

 ゾロの常識的すぎる返しにふぅん、とサンジは生返事をした。してもしなくてもいいような、本当にどうでもいい返事だった。

「俺なぁ、レシピの発想力が一番豊かだったのは12〜3才くらいだったな、後から後から漫然としたアイディアが出てくるんだけど知識が追いつかないんだ、だから雲掴んでるみたいで随分歯がゆい思いをしたよ、思い浮かぶけどそこまで到達するのに何が必要なのか具体的に並べていけないんだ、今は分かるよ、アレとコレとソレが必要で、何が出来る、でも遊び心はなくなった気がするな、型に嵌まった考え方しかできなくなってくるんだ、それが怖いよ、料理人として成長できない上にオールブルーも見つからないんじゃ何のために海賊になったかわからねぇ、まさかお前を犯すために乗ったわけでもなし、ははははははははなぁお前が剣豪として強くなれるのは戦う度に強い痛みを感じるからだろう?それもハンパじゃない痛みだ、死が近いような痛みだよ。そうだなぁ、どこから剣豪でどこから人殺しなんだろうな。その辺差し引いてもお前は少し命を殺しすぎるよ。」

「     」

 虐げられて乾いた唇が微かに動いたが、それより早くサンジの手がゾロの咽元に伸びてぐっと力が篭った。指が少し食い込んでくる。息は出来る。息は出来るがそれだけだ。
ゾロの声は僅か過ぎて、高揚したサンジの耳には届かない。

「なに?何?ナニ?なにが言いてぇの?ぁ?怯えてんの?なんだよ、怖いのかよ。股かっぴらかれて、ナニ突っ込まれてんのがそんなに怖いか。じゃあさ、お前を俺と同じように扱うやつが現れたらどうするか考えようぜ、な?なぁどう処理すんの?今はそのシミュレーションだと思えばいいだろ。」

 サンジはようやく咽元にやった手を離してやるとニヤニヤ笑った。最初から答えなんかどうでもいい、サンジが欲しいのは爆発的なインスピレーションなだけであって、それをゾロ自身から発せられる言葉に求めるのはナンセンスだと知っているからだ。

 ほとんど表情を変えないまま、ゾロは軽く咳き込んで少し考えてから、今度はハッキリと答えた。

「お前以外なら大丈夫だ。」

「大丈夫?大丈夫だって?」

 今日のサンジは饒舌過ぎる。さっきから舌の根も乾く暇も無いほどずっとずっとずっと喋り続けている。
 壁にもたれかかった鉄板が弱々しいランプの光を反射させると、波に揺られて船体が傾く度にサンジの横顔がチラと照らされた。一瞬鮮明になる像は、サンジの開き気味の瞳孔だった。ライトブルーの光彩が、漆黒の真円に押されてほとんど見えなくなっている。新種の宝石のようだった。

「サンジ・・・なにか、喰ったか?」

 コックは何も答えない。伸びすぎた前髪を指先で弄びながら小さくハミングをして、掌ほどの船窓から海を見ている。サンジがこれまでの人生で、海を眺めた時間はどれくらいになるのだろう。ゾロがくいなを見つめ続けた時間に匹敵するだろうか。それとも竹刀を振り続けた時間に相当するのだろうか。

 遠くでバシャリと水音が跳ねた。この辺の海域には、明け方近くになると、一斉に海面から顔を出して空を飛ぶ種類のトビウオがいる。必ず明け方前で、一日のうちその時間帯にしか生涯空を見ることの無い種なのだ。多分その音だろう。つまり、ゾロが、この痴態から開放されるのも時間の問題ということになる。

 トビウオの知らせを聞いた途端にサンジは顔つきがサッと変わった。さっきまでの上機嫌はどこへいったか、獲物を突き殺す直前の様な、冷酷さが滲み出る無表情でゾロの顎を強く掴んだ。そして上唇に噛み付いて、溢れ出た血を丹念に舐め取った。ゾロの血の匂いは獣のそれと少し似ているとサンジは思う。執拗に舌で血を拭っていたら、出血が止まってしまったので今度は下唇を強く噛んだ。ゾロが少し体を強張らせて拒否の姿勢を取ると、アナルプラグを一気に引き抜いてサンジが容赦なく前からゾロを刺した。連続した過剰な刺激に苦悶の表情を浮かべながらも決して声を上げないゾロに苛立っているのか、サンジは憮然とした表情のまま激しく腰を打ち付けている。腰が跳ねる度に縄目が肌を割って肉に食い込み、ついにそこから鈍く血が滲んだ。この戒めを解いても、最悪歩くどころか立つことさえままならなくなっているかもしれない。そうなったら、どうチョッパーにいいわけすればいいのだろうとゾロは朧げに思った。自分の腹からは内臓をかき回される水音がひっきりなしに聞こえる。数時間前、中で出されたスペルマが泡立っている音がはっきりと聞こえる。船体からも海面を割る水音が耳を絶えず打っている。またトビオウが空を飛び跳ねている。サンジの体から大量の汗が吹き出て、伝い落ちた汗が床板にポタリ、ポタリと不規則な音を立てている。
水音ばかりで気が狂いそうだ。

「サ、ンジ・・・もうっ・・・」

 ゾロが苦痛のあまり気をやりたくなって、哀願の声を出す。サンジは緑色の髪を鷲掴みにして言った。

「ゾロ、絶対イクなよ・・・俺より先に、絶対、イクな。」

 その無慈悲な目で一瞥をくれられて、ゾロは緊縛されたままの足をガクガクと震わせそのまま声も無く達した。長く、細い射精が下腹をゆっくりと白く染める。出しても出しても、切れの悪い尿の様に零れてしまう。見ていて恥ずかしくなるほど、興奮の度合いが分かる射精だった。

「イクなって・・・・・・言っただろ・・・・・・・」

 ゾロが心地良い射精の余韻に浸っている暇は無かった。肩を震わせて呟く目の前の男は、焦点の定まらない様子でブツブツと同じ言葉を繰り返した。

「もう少しで・・・、・・のに・・・・・・」

 激しく打ち付けていた腰の動きをピタリと止めると、サンジは静かにゾロから離れた。服を着込むと、風呂でオナるから入ってくんな、それだけ言い残して格納庫を出て行った。

 事実上放置されたゾロはしばらくそのまま荒い息をついてじっと海を見ていた。黒い波間の向こうに、微かにだが白々とした光が覗いている。昔、海を見ていると穏やかな気持ちになれると言っていた奴がいた。いくら見つめてみても、ゾロにはその心理が理解出来なかった。
ふと、痛みのぶり返しがきて慌てて鬼鉄で縄を解いた。この有様を見られたら、どう説明しても追いつかない。自由になった足は筋が固まってギシギシと軋んだがなんとか動いた。一気に血が足に巡って細胞が活力を取り戻したのが手に取るように分かる。生きている、まるで激戦地から奇跡的に生還した兵士の如くそう思った。
毛布を引き寄せて体液に濡れた体を覆うと、鷹の目と対峙した時とは比較にならないほどの疲労が襲ってきて、ゾロはそのまま短く浅い眠りについていた。まどろみの中、サンジの手が自分の体をまさぐる感触を反芻しながら。





「ゾロ、ちょっと顔色悪いぞ、大丈夫か。」
 朝食の後、やはり船医に足止めされた。精一杯背伸びをして、角を揺らしながら右往左往する様子は心和むものがあった。蹄が屈んだゾロの胸や額に触れる。硬くかさかさした感触がくすぐったい。腰を下ろした時、また太ももに鋭い痛みが走ったが、ゾロは決して顔には出さなかった。

「ゾロが全然ご飯食べないから俺びっくりしたんだぞ。今日に限らず最近も、ちょっと量が減った気もするし・・・どうしたんだ?」

 くりくりとした目が潤んでいた。小動物のこういう表情は卑怯だと思う。

「別に、今日は食いてぇと思えなかったんだよ・・・昨日ちっと飲みすぎたかもしんねぇ。」

 酒か、と分かった途端に船医の目が三角になった。

「朝食は一日の基本!そんなんで幾ら鍛えたってダメなんだからな!ゾロの体は、サンジの作ったもので出来てるんだ。それを忘れたらトレーニングも酒も禁止だぞ!」

 心配して損した、と言わんばかりに頭から湯気を出して怒るチョッパーは頼もしかった。

 “俺の体は、クソコックの作ったモンで出来てる、か・・・”

 いまだ続く説教を無視して、ゾロは何度も何度もこのフレーズを頭の中で繰り返してみた。ゾロがまるで話を聞いていないのを察知すると、船医はますますエキサイトして仕舞いには暴れ出した。ウソップが騒ぎに気付いて割って入るがルフィが話をややこしくして、いつものバカ騒ぎが始まってしまって事態はうやむやのままナミの「うるさい!」の一言と共に鉄拳制裁で締められたのだった。





 今日のサンジは少し趣向を変えたらしい。
 ゾロの赤銅色の腕を後ろ手に纏め上げると、ひたすら口での奉仕を強要した。歯で懸命に下着を降ろそうとするが既に勃起したペニスが邪魔をしてなかなか思うようにはいかない。それでもどうにか露出させて咥え込む剣豪の姿を、コックは両切り煙草をふかしながら冷淡な仕草で受け入れていた。

 時折灰が零れるが、燃えカスの行く先など知ったこっちゃないといった様子でゾロの背にぼろぼろ降りかけてずっと海を見ていた。灰が落ちた、と分かるのはその度にゾロが反射で歯を立てるからだ。サンジの口元が苛立たしげに歪むが手をズラそうとは思わないらしい。今日は満月ではないが大きく月が出ていた。薄雲がその光をぼかして輪郭は不明瞭だったが、これはこれで趣があっていいものである。
 サンジは気持ち良さそうな素振りも無く、一心不乱に外を見ている。霞んだ光でも辛うじて視認出来る程度の景色を、網膜に焼き付けるかのように、まるで、今この状況を忘れたがっているかのように海を見た。

「・・・・・・この間の答えだが。」

「あん?」

「お前ラリっててそんなの覚えてないかもしれないけどな。“俺以外の奴に、こうされたらどうするんだ”って聞いただろ。
今朝チョッパーに言われたんだ、“ゾロの体はサンジの料理で出来てる”って。だから、俺はお前に何されても文句は言えない、そういうことだと思ってる。そう考えると、お前以外にこの手の拷問受けたって、俺は大丈夫なんだ。」

 初めてサンジがまともにゾロの顔を見た。二人の視線がかち合うと、パシッと音を立てて電流が走ったような気がした。
 サンジは新しいシガーを手に取って、自分の頭を2回、ゾロの頭を3回軽く叩くと、腕を解いてやり、一仕事終えたような緩慢な動きで床にゴロンと寝転がった。

「なんだよ、もう咥えなくていいのか?」

「たまには掘られる側に回ってやるよ。なんか浮かぶかもしれないし。」

 言われるまま、いつもサンジがそうするように、ゾロはサンジを扱った。一動作ごとに、コックは痛い痛いとやかましく文句を言った。ゾロがじゃあ止めるか、と言うといいから続けろと眉根を寄せながら煙草を肺まで咽るほど吸い込んだ。そうでもなければやっていられない気分なのかもしれない。紫煙を吐く唇が細かく震えていた。あまりにカタカタと震えるので、ゼンマイで動く人形みたいだと思った。



 明日の朝食はうんと不味くなっているといい。そうでなければ、そうでもなければ、嘘だ。
ゾロは意地の悪い笑みを浮かべながら、出来得る限り強く、乱暴な方法でサンジの奥深くに突き刺した。



end.

[2006.9.23 up]


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