4.うずま


 背中に変な汗をかいて棒立ちしていたカイジは、女に呼び寄せられてようやくベッドに腰かけた。実にひと月ぶりに見る女である。容貌は世辞でもなく麗しい部類に入る。しかも大所帯生活でうまく吐き出せなかった欲望を思う様ぶちまけることが許されるという。普通の男であれば服を脱ぐ間も惜しいという勢いでコトに及ぶというのに、ここに至ってカイジはいまだ尻のすわらぬ様子で所在なく視線を彷徨わせていた。
「・・・シャワー、浴びてもらえますか?」女の言葉にただコクリと頷いて、これまたひと月ぶりのまともなシャワーを浴びる。全身に熱い湯を浴び、気分が良すぎて思わず「カー!」っという声が出た。
 期待のあまり、カイジは半勃ちしたまま浴室から女の元へ戻り、促されるままベッドに腰かけた。流れるような動作で女は毛足の長い絨毯に跪き、そのイチモツに軽く手を添えた後、黙ったまま口に含む。その揺れる頭髪から、酷く甘い匂いがした。チョコレートと南国のフルーツをドロドロに煮溶かして人型に模ったら、ちょうどこんな匂いのする女が出来上がるのかもしれない。
舌が暖かく纏わりぬめる感触に思わず女の腕を掴めば、その肌はただひたすらに柔らかく、岩と礫ばかり扱ってきた手にはあまりに蟲惑的すぎた。唇で陰茎をすっぽりと覆われ、舌先で尿道口の辺りをいじられながら強く吸われると、腰の辺りがひどくざわつき、無理に奥まで押し込んでしまいたい衝動に駆られる。それを察してか女が更に奥まで咥え込み、カイジは思わず声を漏らしていた。

劣悪かつ非現実的な労働環境の中、規律ある生活を余儀なくされ、嗜好品も娯楽も無く、照る陽も清澄な空気も遠く、そうして博打で大勝ちし、わけも分からず地下の隅で女に奉仕されている、
なんだ?これ。なに?

その異常性がカイジの昂りに拍車をかけた。
いくらの刺激も受けぬうち、声を詰まらせて甘くぬめる口腔内に逐情して荒く息をつく。女の喉が上下してゴクリ、と鳴った。飲み下したのだろう。ふと、女と目が合い、その顔は今にも泣き出しそうに崩れていた。
口に出したからだろうか?飲み下したから?カイジがおたおたしていると、甘い香りを漂わせて言う。あなた、私のとても大切だった人に似てるの。そうして、視線を落とすとしばし黙って、また涙を浮かべてカイジを見上げる。肉体労働でパンパンに張った胸に手を添えて続けた。ね、お願い、挿れて・・・?
未だにペニスは萎えることを知らず天をついている。息が酷く乱れていた。言われている意味は分かるが、状況に対応出来ないカイジの返事を待たずバスローブを脱いだ女が乗る。押し当てられたそこは粘液で溢れ潤されており、外気に晒されて少し冷えていた。その温度差にハッとして女の腰を慌てて支えた。いや、まずいって、なんだか分からねぇがダメだろそんなの、なんだよ一体、心のこもっていない制止をもつれた舌でしどろもどろに繰り返すと、女は今度こそ大粒の涙を零してカイジの両頬に手をあてた。お願い、何も聞かないで。貴方が欲しいの、誰にも言わないから。
言い終わらぬうちに体重が落ちてきた。それは少しの抵抗を見せたあと、音も無くカイジを飲みこむ。ゾワリ、と肌が粟立った。その一点から、ぬるま湯に浸かった様な安堵感が爆発的に広がり、同時に久しく忘れていた種類の快感が腰から脊髄を這い上がった。
溶けてしまいそうだ。頭の芯が霞んで、自分の存在さえ希薄になった。ゆら、ゆらゆら、ゆらめく。そのゆらぎは熱に乗って全身に伝播し指先に到達すると、甘い痺れを残して再び震源へと還った。思わず感嘆に似た声が漏れ、女の喉からは堪え切れぬ嬌声が溢れ出る。
こうなったらもう止められるものではない。
上に乗っていた女を下に組み敷くと、その最奥を探る様に割り入った。まとわりつく肉襞は性器の震えを受けて自在に収縮し、誘うようにぎゅっと締まり気をやりそうになると焦らすように少し緩む。科学の粋を極めても到底再現しえないだろう本物の女の肉質が、そこにはあった。
ぬめり、体温、心地よい圧迫、肌のきめ細やかさ、律動の度に擦れる髪、その身体をかき抱いて胸に当たる乳房の柔さ、そうして甘い、どこまでも甘い匂い、あまい・・・、カイジは知らず絶頂へとおいやられ慌てて引き抜いて女の陰部に射精した。ものすごい量だった。陰毛に絡みついて滝の様な滴りが出来た程だ。二回目でこれじゃ、さっきのフェラチオでどんくらい出たんだろう、強すぎる快楽に痺れの残るアタマでそんなことをボンヤリと思った。
だが女は満足していなかった。なに、貴方だけイっちゃって。アタシまだなんだけど。ね?愛くるしくむくれた様子でもう一度、と乞われ、でも時間が、と言い淀むカイジに、あらまだ大丈夫よ、そんなことより満足させてよ、ね?事後特有の艶のある表情で笑いかけられる。こうまでされて惑溺されない男がいるだろうか?その視線に絡めとられてカイジは女の肩を掴んだ。ピンと立った乳首に歯を立てた後思う様吸う。嬌態を晒す女に再び自身が起き上がるのを感じた――。

 別れ際大槻から言われた、『それと、あの娘はヘルスとは言っても脱がせるのはNGだし、口だけだから。それだけ忘れないでくれよ。』などという無粋な言葉はもうとっくに吹き飛んでいた。



      

※表題の『埋る』の送り仮名は、正しくは『埋(うず)まる』です。