6.償い
カイジが班長室へ入るのは初めてだ。特別な部屋だといっても、無駄の無い殺風景さや簡素な作りであることは大部屋となんら変わりは無い。一番の違いは、寝床が段ベッドではないという点、3人で一部屋という割り当ての贅沢さだろう。
お代官様に裁かれる囚人が如く様子で、カイジが大槻の前に座る。沼川と石和の二人は部屋の隅でただじっと様子を伺っていた。
「それで、どんな内容なんでしょう・・・?」
カイジが口火を切ると、大槻はボリボリ頭を掻いた後、
「まぁ大方察しはついているだろうが・・・・・・実は、売春って手段なんだが。」
苦しそうな表情を作って言った。
「いや、それは・・・、そんなの・・・・・・」
流石のカイジも、女相手の売春でないことはすぐ予想がついた。
「む、無理に決まってるだろう・・・!」
思わず浮足立ったカイジの目を、大槻はじっと眺めた。沼の様な目だった。沼の底に沈む淀んだ目。全てを絡め取って溺死させようと、ただヒッソリと息を殺して辺りを窺う両生類の湿った目・・・。
その口元に紙タバコが咥えられる。火がその先端を撫ぜると、細く白い紫煙が立ち上った。
「無理・・・?なら何が出来るって言うんだカイジくん。ここまできたら腹括れよ。君だけいい思いをして、尻ぬぐいは人任せってのはないだろう?」
それが合図だったのか、班長室の奥から男が数人、バラバラと入ってきた。みな同じ着古した部屋着を着ているが同じ班には無い顔ばかりである。他班の者だろう。だが当のカイジにはそんなことを気にしている余裕は無かった。
「・・・な、なんだよ・・・」声が酷く掠れていた。怯えるカイジになんの配慮もなく、大槻が手だけで「どうぞ」と先を促す。
途端、男達は餌を見つけた畜生よろしくカイジに群がった。
「うわぁぁぁっ!ふざけ・・・んな 離せ!おい・・・・むぐ・・・!やめ・・・っ!」
次々と手が伸びてカイジの衣服を剥いでいく。両手両足、あまつさえ頭を畳に押さえつけられたまま、それでもカイジは懸命に抗って見せた。
あまりに暴れ噛みついてかかるので、数発、腹に拳を入れたがそれでも抵抗が止む気配は無い。その目は業火の様に燃え盛り、人鬼の様な激しさがあった。
「あんた、俺をハメたのか。」
カイジは突然ピタっと動きを止めると、今やっと気付いたという確信に満ちた口調でそれだけを言った。
「ハメたのはお前の方だろ。」
部屋の隅で石和がボソリと呟き、沼川が思わず噴き出した。
「いや、いやいやカイジくん・・・自棄になっちゃ、いけない。わしはお前さんを守りたかった。守ったつもりだよ、酷いことを言うな。いや、これは、ひょっとすると、案外、帝愛の罠だったのかな。人気者だから・・・カイジくんは・・・!」
憎しみに染まった目にニッコリと笑いかけ、駄々をこねる子を諭すような口調で大槻は返した。
「お喋りしてる余裕なんか無いよ?」男の一人がそう言い様、履き物を脱いでいきりたったモノをカイジの口元へ押しつける。「歯ァ立てんなよ。立てたらぶっ殺すぞ。」別の男の手には、杭打ち用のかなり大型の金槌が握られていた。こんなもので殴られたら、即死だろう・・・。
カイジは溢れる涙と嗚咽を抑えようともせず垂れ流し、うるさい、とまた頬を殴られ、血の流れる口内へ無理に陰茎を押し込まれた。いい加減なシャワーしか浴びていないそれは、カスが溜っており、舌先にざらっとした嫌な感触を伝えてくる。慌てて頭を離そうとするが、ガッチリと抑え込まれ叶わなかった。ぬらりとした皮膚の質感、唾液に揉まれて確実に硬さを増すペニスが、自分も持つモノながら、いや、持っているものだからこそ、恐ろしくてたまらない。ガタガタ震えていると、「ちゃんと舌使えよ。」命令が頭上に落ちて、口内に挿し込まれたまま激しく前後にピストンされる。猛烈な嘔吐感と嫌悪感に意識が飛びそうになると、「うわ、これやべぇわ、もう出ちまう。」という絶望的な宣告を受けた。
呻くことも許されず、そのまま喉奥に精液がぶちまけられる。陰茎と精液で咽が塞がれ、息継ぎの出来ない苦しさから流し込まれた精液を喉を鳴らして飲み込んだ。瞬間、嗅ぎ慣れた青臭さが鼻に抜け、嘔吐反射に逆らわずそのまま全てぶちまけた。
吐瀉物は消化の進んだ薄黄色、それから、精液と血の混じったまだらなピンク色。
「吐きやがったコイツ!」「お前がヘタなんだよ、ちょっと貸してみろ」カイジが身体を折ってげぇげぇ吐いている間にも、男達はせわしなく動く。あらかた吐き出してなお、えづきの止まらないカイジなど無視し、よつんばいになっているのが好都合とばかりに尻を高く掲げさせるとその硬く乾いた穴に怒張したペニスを押し付けた。
「や・・やめろ!ふざけんなああああああ!!!!」
カイジは今度こそ本気で暴れた。男四人がかりでも抑えるので精いっぱいである。
「ちょっと、大槻さん。生きがいいのは良いけど、ここまでだと・・・困りますよ。」
加勢しなかった男の一人が、冷静に交渉を開始する。
「そうですね。」この反応はある程度予想のついたことだ。大槻は今なお暴れるカイジの前に立つと、しゃがみこみ、鼻先に一つの丸薬をかざした。「カイジくん。これはなるべく使いたくなかったんだが・・・そんなに苦しいなら、使ってみるかい?」
「あ・・・・・?」
ものすごい形相で睨み返すが、この場においては嗜虐性を喚起したいとしか思えない。
「なに、コレを使うとな、気持ちいいことがたまらなく好きになる、それだけだよ。媚薬なんてヤワなもんじゃない・・・コイツを使えばすぐに慣れるさ、この仕事も。」
「おい、やめ・・・やめろ、なんだよ・・それ!」
「いらないかい?それでもいいなら、わしはそれでかまわんよ。」
大槻が合図をすると、カイジは再びよつんばいに押さえつけられた。尻に何か当たった、と思った瞬間、そこに一気に力が加えられる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!」
カイジは声にならぬ叫びを上げた。全身の筋肉が制御を失ってブルブルと震え出す。
「うっわキッツ、おい力抜けよ!」尻を叩かれては力を抜くどころではない。歯の根が合わずカタカタと小さな音を立てた。やめ・・・やめてくれ・・・・バネの馬鹿になったゼンマイ人形の様に虚ろな目でそれを何度も繰り返す。「ははは、コイツまだヤク盛られてねーのに壊れやがった!」下卑た哄笑に包まれて、流す涙はもう枯れていた。
「カイジくん。無理はよくない。そんなんじゃ続かないよ・・・!しょうがない、諦めて、これ使おう、な?」
見開いた目を閉じることもできず、ゆっくり頭を左右に振る。そのカイジに、大槻は穏やかに微笑んで、そうして、その尻穴に、丸薬を砕いて水で少し練ったものを素早く塗り込んだ。
無理矢理な刺激に赤く腫れ熱を持ったそこに、ありえない異物が押し入れられる。
ひゃっ・・・。カイジの喉から生理的な悲鳴が上がった。
冷たい。氷を押し付けられて熱が移動している、そういう類の冷たさでは無かった。
強引に熱を奪われ、吸い出されていくような冷たさ。
ひゃあ、冷たい、だが次の瞬間には燃える様に熱く、また冷える、なんだ、熱いのか冷たいのかどっちなんだ?あつい?つめたい?あれ?あついとかつめたいとかなに?なに?
瞳孔開いてきましたね、どこかで声がする。
数分後、カイジの様子の変化をしげしげ眺めていた大槻の合図で、男達が全員ぱっと離れた。
突然拘束が解け、逃げるなら今だ、と思いカイジは立とうとするのだけれど、思考がうまくまとまらずその場にガクリとうずくまった。一度遠のいたはずの吐き気が再び襲ってきて、身体を丸めて呻く。何度も頭を持ち上げようと畳に手をつくが、どうしても膝に力が入らなかった。下半身が、別物のように酷く痺れて言うことをきかない。
「班長、何使ったんですか?シャブ?」
遠くで見守っていただけの沼川が好奇心に負けて近くへ寄ってきた。
「まぁ成分的にはほとんど同じもんだ・・・ヤーバーってやつでな。タイじゃあ、キチガイ薬って言われてるやつさ。」
沼川と大槻がそんなやりとりをノンビリと交わしている間にも、カイジの様子はみるみる変わっていった。
肌がムズムズと騒いで落ち着かない。どうにかしなければどうにかなってしまいそうなのにどうにもならない、どうしたらいい、おい、触ってくれ、誰でもいい触ってくれ、俺どこにいるんだここにいるのか、ここってどこだ?なぁ、どこ?こわい、こわいなんだよ、さっきまでみんないただろ、どこいった?いるんだろ、いるよなそこに、あああああ あ ぁ なんだ?いない・・?どうしたんだ、誰もいないのか、ひとりか、おれひとりなのかおれバラバラになるほどける、おれがほどける集めてくれおれがこぼれた、あっちこっち、おい、どうしたんだよ、さ、さわって、拾ってくれ、聞こえないのか、暗い、ここは暗い、分からないんだ、分からないのか?あああああああこわいこわいこわい誰かだれか触ってくれ俺に触れてくれここどこだ俺が消える零れるきえるきえるきえる・・・・・・
「本来は経口摂取するもんだが・・・手っ取り早くいこうや。」
男達が再びカイジの身体に群がる。自分に伸びてくる手を、今度は歓喜を持って受け入れた。自ら男達を引き寄せて抱き締める。抱くと言うよりかは力無く縋りつく様な仕草。「馬鹿、てめぇ寄るとゲロくせぇんだよ」引き離されるといやだいやだと喚き始めた。「おい、くせーから水ぶっかけろ!」別の一人がバケツに水を用意してカイジの顔に遠慮なくぶちまける。大槻はそれを見て、ビニールシートを敷いておけば良かった、と心底後悔した。
乱暴な行水をされてなお、カイジは薄く笑っていた。いる、みんないる、だいじょうぶ、これだ、ほら、感触がある・・・元にもどった・・・おれ、元にもどった、わかる?わかるから大丈夫、俺は大丈夫・・・
自分を纏う体温の温かさに蕩けそうになった。そうして、皮膚に触れられただけで脳幹を殴られたような刺激が体中を駆け抜ける。
「あれー?あんた勃ってきたじゃん。気持ちいい?」半開きの口でああ、とかうう、とか返事をする。男が戯れにその陰茎を握ると、カイジは半ば奇声に近い嬌声を上げた。
ははははは、すげぇ!何今の!
これ射精したら気持ち良すぎて死ぬんじゃねーの?
おいこいつもうバッキバキだぜ!早く尻に挿れてやれよ。
穴は誘うようにヒクヒクと蠢き、震えていた。中からひっきりなしに腸液が染み出している。異物の侵入に対し、身体が警鐘を鳴らした結果だが、今や異物の挿入の手助けでしかない。男のイチモツが宛がわれ、ためらい無く体重がのると、ミチチチ・・・と肉が小さな音を立てる。ゆっくりと押し広げられて伸びる皮膚が、戦慄きながら男のペニスを飲みこんだ。
「あ・・ ぁ゛ あ゛、がぁぁぁぁぁぁ・・・・あああああああああ!!!」
カイジの喉から、いや、全身から、おぞましい悲鳴が迸った。だが、その叫びに畏怖や憎悪の色は見られない。歓喜に打ち震え、もっと、もっとと体中の肉が快楽を求めて動き出す。
イク、いっちまう出る、ああああああ出るでる、でる、全部出る、いやだ、出したくない、このままだろ、このまま、このまま、このままずっと続けよ、続くよな、続けよおい、いい、いっちまう、出る、出したくない、でそう、気持ちいい・・ぃぃいっぃぃ、だしたい、ああイク出そうだ、もっと、もっとヤれよ俺をヤれよ!ばか!ふざけんな足りねぇよもっとだよ壊せよこわせよおれをなにしてんだよ早く!はやくはや、く、うぅぅああああぁぁ、ああああ゛ああああ奥までこいって俺がこわれるだろ!!!バラバラになるだろそんなんじゃダメなんだよ何やってんだよ!クズ!ちきしょうが!なんでだ!おかしいだろそんなの!なぁ!おい!おかしくなっちゃうだろ!・・・オレがおかしくなっちゃうだろ・・・おかしく・・・おか、しく・・・なる、・・あ?なにが、がが、おかしく、なるって・・・?なに・・・なんかちんこ気持ちいい・・・キモチイイ・・・アー・・・でる・・・・・・は、アははははは、ハ、は は なにが・・・?なんかでんの・・・?どっかいく・・・チンコどっかいっちまう、どこ・・・消える・・・おれ、チンコ、どっか、きえる、きえるきえ き き、なんだよ、また、またこぼれちゃうのかだめだって、それじゃだめなんだよだめだろほら、底割れるわれるわれるこわれる・・・・・・イク、いきそう、イキたい・・・イクでちまうああ ぁ で でる い、イヤだ!いやだ!!いやだ!
イキたくない!!!!!!!!!!!!
半開きの口から涎を垂れ流し、意味不明な叫びを上げながら、カイジは次々男達を引き寄せその陰茎を自ら進んで奥深くまで飲み込んだ。
地獄絵図かそれ以上か、一人の人間が堕ち切った絶望的な様子を見て、沼川がポツリと呟く。
「なぁ・・・こりゃあ、いくらなんでも・・・なんだって、大槻さんはここまで・・・」
「俺もよくはしらねーけど。アイツがここに来てスグの頃さ。ほら、大槻さん、ちょいちょい指示ミスすんだろ?内容はたいしたことないけどな、まぁ上から降りてくる工程管理表がムチャクチャなせいって時もあるしさ、でもそんなの実際作業する奴らなんて知る由もねぇし。で、毎朝のミーティングの時、必ず大槻さんが工程表見せて指示出して、その後、一応作業員からの質問に答えたりすんじゃん。そん時さ、あの伊藤開司が、『そこの手順はこう変えてもらえませんか』って言ってさ。前の日、おんなじ作業して、キツかったから言ったんだろうな、他の連中もそうそう!って感じにホッとした顔してやがったしよ。それたまたま見てた工場長がさ、今回はなかなか見どころのある奴が入ってきたじゃないか、大槻良かったな、って言ったんだよ。」
「へぇ、それで。」石和がそこで話を切ったので、沼川が当然の様に先を促す相槌を打った。
「だからじゃねーかな。」
「・・・・・・え?なに、どこが?なんかおかしいところあったか?」
今なお続く目の前の惨状に、石和は少し顔をしかめながら、沼川の当惑に答えた。
「・・・・・・男の嫉妬は、怖いよな。」

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