■第一章

・海の上で


 永遠に続くかと錯覚させる様な航海、ゴーイングメリー号の船上。
 其れに、最初に気付いたのはゾロだった。

「なあ、お前最近、感度悪くねえか?」

 静かな、とても静かな夜だった。
 激しい情事の余韻の残る、深夜の碇綱格納庫。何も身に着けず紫煙をくゆらし、簡易に敷いただけのシーツの上でうつ伏せに寝転がっていたサンジは、ゾロのその一言に思わずタバコを落としそうになった。
「はぁ?何イキナリ言い出すんだ?テメエは。あんだけイカせといてまだ足んねえのか?ケモノだとは思ってたが、そこまでいくと野獣だな」
 ここまで口汚く罵ればいつもの如く売り言葉に買い言葉の応酬が始まるのだが、しかし、今夜のゾロは違った。まるで何も聞こえていないかの様に受け流し、真剣そのものの顔つきで言葉を続ける。
「そうじゃねぇ。なんつーか・・・、その・・・いつもより反応が鈍いっつーか・・・」
「じゃ、テメエの性技が落ちたんじゃねーの?オレのせいにすんなよ、クソ失礼なヤローだ」
 先程までの満足げな表情はドコへいったのやら、次第にサンジは不快を露にしていく。
「満足出来てんのか?」
「下手糞に掘られてたまるかよ」
「嫌じゃ無いんだな?」
「しつけーな、テメエは。オレが望んでもいねー行為を強要されて、大人しくしてるタマか?」
 ゾロらしからぬ可笑しな質問攻めに嫌気が差したのか、まだ長さの残るタバコを床に押し付け、床に散乱した服をかき集め始めた。
「らしくねえコト言いやがって・・・ワケわかんねぇ」サンジは一人ブツブツと呟くと、乱れた髪もそのままに、シャツを羽織り立ち上がる。

 格納庫の扉が開かれ、優しい風が緩やかに金髪を撫で上げる様を垣間見せたのを最後に、扉が再び開かれることは無かった。刹那に入り込んだ冷気がぐっと室温を下げて、ゾロの心も冷やしていく。
 慈悲の神が通り過ぎたような海上には、荒れ狂う波も存在しない。船体を舐め上げるわずかな水音だけが、格納庫に一人取り残されたゾロの耳を打ち続ける。
 その小波を受けながら、剣士は己の手をじっと見つめ、気のせいだったのだろうかとしきりに首を傾げていた。






・キャプテン、ルフィー


「サンジーーーーーーー!!」

 バァン!と派手な音を立てて木製のドアが開いたと思ったら、屈託の無い笑顔で船長がキッチンへと転がり込んできた。
「うおっ!?」
 その大声と物音にビックリしたサンジは思わず包丁を取り落とす。
 キイン、という甲高い金属音が、小さく室内に響いた。
「なんだよ、ルフィ!用があるんならもっと静かに入れ!」
「島だ、サンジ!島が見えてきたんだ!夏島だぞ!!」
 エキサイトする船長を尻目に、サンジは短くため息をつきながら震える手で包丁を拾った。

 チッ、情けねえ。動悸で手が震えてやがる。

「島が近いんだってば!」
 ルフィは椅子に座って催促するように手足をバタつかせる。あんまり煩いのでサンジはようやく振り返ってルフィを見た。
「・・・で、まだメシは先だってのに、もう島が見えるんだからちょっと食わせろと、そういうわけか?」
「問題ねえだろ〜?残りもん全部食わせろ!」
「馬鹿ヤロ!テメエが底無しだから、食料なんざ残ってねえよ!」
「そんなこと言うなよ〜サンジ〜腹減った〜メシ〜」
 サンジはルフィの戯言を完全に無視すると、丸窓から外を見た。なるほど、さっきから甲板が賑やかなのはそのせいか。サンジはキッチンで仕度をしている時間が多いから、時々、こうやってタイムリーな出来事を逃す。別段、それを、恨めしく思ったことは無いが。
 波は、まるでクルー一行の到来を歓迎するが如く、穏やかだ。遠目に見ても、島の新緑が眩しい。

 夏島・・・気温が高い・・・露出が増える・・・薄着のレディが街一杯・・・!

 サンジはそこまで想像してデレッとしただらしの無い表情を見せると、まだなお煩い船長に、気もそぞろに干し肉をポイと渡した。






・狙撃手、ウソップ


 島を間近に捉え、にわかに活気付くゴーイングメリー号の船上。
 次に、其の違和感を感じ取ったのはウソップだった。

 結局、前回立ち寄った島は無人島で、まともな食料の補充は中々厳しかった。それからわずか2日後に、文明の手が加わった島に巡り会えたのはひとえにナミの航海術のお陰なのだが、それ以上に、ルフィとの食料争奪戦に敗れていたサンジは皮首一枚繋がった思いだった。
 新たに見えてきた島は、遠目にはまるでブロッコリーのような形をしていて愛らしいのに、近くで見ると酷く入り組んだ岩垣に囲まれた島だった。まともな浜や海岸なんて洒落たものは無きに等しい。
 だが、海賊船からしたら好都合だ。そう際立った建物が無い辺り、大きな街では無さそうだが、海軍が常駐していないとも限らない。
 船を人目に付かないようにしようとすればするほど、陸へ上がり辛くはなるが、これだけハデな海賊旗を掲げているのだから、仕方がないだろう。諍い合いや揉め事は避けて通れればそれに越したことは無いはずなのだが、この船には揉め事を好む船長がいるのだから救われない。ナミの心中を他所に、当の船長は「うおーー!!島だあぁぁああぁ!!!」とあらん限りの声で叫んでいる。

 接岸の為、メリー号の甲板を慌ただしく船員が右往左往する中、船尾の方でザパンと一際大きなしぶき音が響いた。
「何?魚かなんか??」
 ナミが振り返って何の気なしに海を見た途端、ゾロが海に向かって罵声を発していた。
「何してんだよ、この馬鹿!どうやったらここから海に落ちれるんだよ!?」
 内容に耳を澄ますと、どうやら、サンジが海に落ちたのらしい。大時化でも無いのに、随分と器用なことだ。
 この忙しいのに、何やってるんだか。
 ナミが溜息ついて船尾に向かうと、ゾロは狼狽したようにサンジが落ちた辺りを凝視していた。
「・・・おい、ナミ。この辺の海にはヤバイ生き物がわんさかいるのか?」
「え?そりゃあ、グランドラインだもの、何が出てきても不思議じゃないわよ」
「あの馬鹿・・・っ、上がって、こねえ!?」
 さっきまで、微かに立ち上っていた泡がぷっつりと途絶えた。それに、人影が上がってくる気配がまるでしない。
「ちょっ・・・ゾロ、早く潜って!」
 ナミに言われるまでもなく、ゾロは刀を甲板に投げ捨てると海へと飛び込んでいった。

「あ〜、ワリイ。足が攣っちまって・・・」
 サンジは甲板に上がると、濡れ鼠になってへらっと笑った。
 早急にゾロの手で引き揚げられたことが幸いして惨事は免れたが、ガタガタと小さく体を震わせていた。
「足が攣ったあ?攣ったにしたって、どうやったらあそこから落ちられるんだよ」
 半ば呆れ顔でゾロはずぶ濡れになったシャツを脱ぎ捨てた。
「まったく・・・チョッパー、サンジくんのこと、一応診てあげて」
「ええ!?いや、いいですよ、ナミさん、そんな大げさなモンじゃないし・・・ホント、足が攣ってぐらっときただけですから・・・」
 ナミのオーダーを全力で振り切ると、サンジは、前のめりになっているチョッパーを見て「いやホントに。」ともう一度付け加えた。
「まあ、いいわ。とにかく、二人とも、早急にお風呂に入った方がいいわね。この辺の海・・・別に気温が高いせいってわけじゃないんだろうけど、海水が何か生臭くって。でも、メリー号のシャワーは貴重だからダメよ。せっかく陸に下りるんだから、適当な宿で入りなさいよ」
 笑わない目でにっこりされながら言われたのでは、拒否のしようがない。

 そして、間も無く、ガゴン、という音と共に船体は陸に縫い付けられた。
 その拍子に、みかん畑とは違う、夏いきれの匂いがクルー達の鼻腔をくすぐった。

「おい、ゾロ、サンジ。とりあえず俺が船番してるから、さっさと風呂に入って来い」
 ウソップの申し出に、二人は「なんか魚臭え」とぶつぶつ呟きながら一番に船を後にした。
「まったく、こんなの航海始まって以来の珍事件だな」
 ウソップは溜息をつくと酒樽にどかっと腰を下ろした。
「そうね、あのサンジくんが・・・ちょっと有り得ない出来事ではあったわね」
 それっきり、ウソップは腕を組んで黙りこくってしまった。

「じゃ、アタシ達は一足早く降りるわね。予定通り、街の雰囲気がヤバくなさそうだったらログ分停泊、そして日に一度は必ず船に戻ること。船番は・・・今日もう一度戻ってくるから、みんなが揃ってから決めましょ。じゃ、暫定船番頼むわね〜!」
「って、お、おいおい、そんなに気軽に言うなよ!この島は悪党と海軍の巣でお前たちが調べてる間襲撃されたらどーすんだよ!」
「そうねえ・・・発炎筒でも灯して頂戴。」
 ナミはさして興味無さ気に言った。
 ルフィなぞはもうとっくに船を後にして、ロビンも、早くも背中が小さくなり始めていた。
「チョッパー!お前は残るよな?ん?」
「え゛?」

 暫定船番は、なんとも頼りない面子となった。ちょっと不満げにむくれるチョッパーに、ウソップは他のクルーが完全に捌けた事を確認すると、声を低くして耳打ちした。
「なあ、チョッパー・・・サンジ、本当になんともないのか?」
「ん・・・いつものことだけど、あんまり大げさにすると、男衆は・・・特にサンジは、嫌がるから。次の定期健診で、よく調べておくつもりだよ。」
 それが聞きたくて俺を残したのか、という顔をしながら船医は返した。一応、健診はたまに行っているのだが、血の気の多い者ばかりのせいでなかなか思うようには進まないのが現状だった。体が最も充実している今、煩わしいと感じるのは仕方がないが、船医にはこれが悩みの種だった。
「まぁあれだな、とりあえず、皆が帰って来るまで船を守らねえとな。」

 陽が傾き始め、赤い光線が海を染め始めている。その強烈な赤に、メリー号が焼かれるのは間も無くだろう。

「ま、心配ねえとは思うけどよ・・・。」
 ウソップは呟くと、チョッパーを連れ立って工房へと姿を消していった。






・炎の料理人 VS 剛力剣士



「ああ〜〜、すっっっげぇぇ魚臭せえ〜〜〜」
 サンジは個室に入るなり情けない声を出した。客商売だっていうのにカウンターのオヤジが眉をひそめた位だから、よっぽど臭うのだろう。危うく浮浪者と間違えられて追い出されるトコロだった。
「先入れよ、ゾロ」
 サンジはそっぽを向いたままぶっきらぼうに言った。悪いなとは思っているのだが、ゾロが相手だとどうにも素直になれない。それは、何度肌を重ねても取れることの無いシコリだった。
「テメエが先入れ。さっきから体、震えっぱなしじゃねえか」
「あー・・・・・そう、どうも」
 ゾロがそこまで観察しているとは露ほども思っていなかったので、サンジは少々面食らいながら、色の落ちた絨毯から白いタイルの張られた部屋へ向かう。
「何かあったら、すぐ呼べよ?」
「ぁあ?ガキじゃあるまいし、風呂ぐらい入れらぁ」
 サンジはひらひらと手を振ると、ふと思い立った顔つきでドアからひょいと顔を出した。
「んなコト言って、覗くなよ?」
 悪戯っぽく笑うと、ゾロは呆れ顔で「馬鹿じゃねえの?」とだけ言った。
 ゾロの素っ気無い返しに、サンジはふふんと笑うと、今度こそ完全に姿を扉の向こうへ消していった。


 シャワーが金髪を伝い、均整の取れた肢体に這うように落ちていく。
 ふと、サンジは宿でゾロと二人きりになるのはこれが初めてかもしれないと思い立った。大ぐらいの船長のせいで、寝所の贅沢は出来ないから、大抵は男衆と大部屋に収まることになるのだが、そうでなくても、今までこの二人が一つの部屋に納まったことなどなかった。
 そのせいだろうか、やたら、思考が煩く巡っていた。
 繊細な白さを放つ、キメ細やかな肌。線が細く、男性でありながら決して男性的でない肉体。
サンジは自分の体の貧弱さに、いつも劣等感に近いものを抱いていた。先刻、サンジが転落した時も、クルー達が心配してくれるのは有り難い話なのだが、反面、激しく否定したくなる衝動に襲われる。
それなのに、あの船の上で、肌を合わせる相手に、よりにもよってあのゾロを選んだ。
 体格差もそうだが、「受け入れている」側であるということが一層、サンジのコンプレックスを増進させているようなものであるにも関わらず。
 これが普通に男女の間柄であれば、なんら問題ではないが、ゾロは男で、サンジも男だという事実は、もう動かしようがない。
 肌を合わせているからといって、これが愛であるとは言えない。それだけは確かだ。少なくとも、互いにそんな感情が生まれるなんてことは有り得ない。船上という狂った環境が自分を狂わせているのだと、その一言で全て説明はつく。でなければ、この関係にこれ程の快適さは伴わないはずだ。そう、思う。
 しかし、快適、であるはずなのに、時折感じる激しい憤り。度々、突然激昂してはゾロを戸惑わせていた。それは、この行為から、「狂気」と「快楽」を取り去ったらきっと何も残らないという予兆。
 この交わりは、なんらの創造を可能にしない。

 恐らく、何も。

「―――おい、サンジ。入るぞ」
 ドアノブの傾く音がして、すぐにゾロが浴室に姿を現した。ついさっきまでゾロのコトを考えていたサンジは、心臓が肋骨を突き破って飛び出すかと思うくらい飛び上がった。
「ななな、なんだよ。まだ出れねえよ」
 考えたってどうにもならない考え事をしたせいで、湯に打たれる以外何もしていなかったサンジは、慌ててシャワーカーテンから顔を出す。
「お前は男のくせに、風呂が長いんだよ。待ってらんねえ」
 仏頂面で素っ裸のまま強引にカーテンを開けると、狭い浴槽にゾロは割って入った。
「うるせえな。すぐに出るから待てよ、これじゃ狭くて・・・っうん!?」
 いつの間にか間近に迫っていたゾロの唇があっさりとサンジのソレを塞いだ。最初から舌が突っ込まれて、率直に“ヤりたい”という欲求がよく見えるものだった。
 角度を変えて唇と舌を甘噛みしたと思ったら執拗に吸い上げられて、内臓に火が付いた様に肌が火照った。
「・・・それに、俺、覗くなって言ったはずだけど?」
 呆れた様にサンジは言うと、「へぇ。俺は誘ってンのかと思ったぜ」とゾロはニヤっと笑った。
 実際、金髪が濡れて、いつもは覆い隠されている左目がチラチラと顔を見せる様は扇情的だった。
「・・・なんだよ、オイ。ヤル気満々じゃねーかよ・・・」
 視線を下に移して、サンジはがっくりと肩を落とした。同時に、諦めに近い溜息が漏れた。さっきまで真剣に考えていたことが、馬鹿らしく感じられる。
「後始末もしやすいし、ちょうどイイだろ?それに・・・こんな昼間から、お前の喘ぎ声響かせるわけにゃいかねーからな」

 贅沢にもシャワーを出したまま、ゾロは構わずサンジの首筋を貪った。仰け反るように腕を張るサンジの肌は筋張っていて硬く、しかし白く脆そうで、危うかった。だから、いつもゾロは混乱した。今、目の前にいるのは男だ。体中のそこかしこが男であるということを全力で主張している。なのに、女であるような錯覚をする時がある。だが、それはいつも内にたぎる熱に融けて消えて行った。余計なことは、考えないようにしている。何時だって、『今』を楽しむことに必死なのだから。
「ちょうどイイわけ・・・ねえだろ」
 文句を言いながらも、ゾロの愛撫に応えるように、サンジのソレは素直に反応を返した。実は、ここ数週間、セックスに興じている暇は皆無だった。溜まっていたものと、風呂場という非日常的な空間がサンジの性欲を刺激するのか、いつもより激しい呼応にゾロは笑った。
「あのさ・・・たまの陸なんだから、女買えばいいだろ?」
 サンジが、至極最もなコトを言った。
「刀の打ち直ししたから金が無ぇ」
「俺はある」
「俺は無い」
「だから、俺は手持ちがあるから問題ないんだけど」
「ここまでおっ勃てといてか?」
 ゾロがサンジに触れると、ひどく熱を持っていて熱かった。上向いて震え、次の快楽を急くように揺れた。
 口だけの抵抗がようやく済むと、ゾロは舌を徐々に下ろしていって、胸の桜色の突起に差し掛かかった。するとまたサンジはビクッと反応を返した。そのまますくい上げるように舌を這わせると、鼻にかかったような遠慮がちな声が漏れる。
「・・・ばっか、ヤロ。女でも、あるまいし、・・・んなトコ、全然、ヨクねぇっ・・・んだよ!」
 確かに、女性よりも遥かに感度の鈍い突起を嬲ったところで、さして性感に影響は無いだろう。それ以上に、精神的な昂りを求める愛撫にサンジは焦った。
「そうか?じゃあこうしてやる」
 言うなり、ゾロは自身をサンジのソレに押し当てた。そのまま、二人の竿を包み込むように扱いていくと、共に、腰に蕩けるような甘い痺れが走った。
「んっ・・・アッ!」
 二人の先端から、水滴では無い雫が滔々と溢れ出した。手に伝わるその粘着質の感触に、ゾロは目を細めた。
「はっ・・・スゲエな。大洪水」
「お前と、シてると・・・オナニー、してる、気分、に、なる・・・」
「俺もだ」
 ずりゅ、くちゅ・・・
 水音が混じって淫靡な音が浴室に響いた。それは例外なくゾロとサンジの耳にも届き、それが余計に熱を煽って体中が張り詰めた。
「はっ・・・あ、アッ・・・」
 女を相手にした場合では、決して得られようのない快楽だった。ひたすら、オス同士が擦れ合う感触と刺激を追う。
 ゾロは、もう片方の手で早くもサンジの後ろに腕を伸ばした。溢れすぎた雫と過ぎた快楽で緩んだソコは、余りにも容易にゾロの指を飲み込んでいく。そうでなくともこの関係に慣れきった蕾は指くらいの質量であれば、飲み込むことなど容易になっていた。その事実が快楽に酔うサンジの頭を少し冷静にさせ、寂しさを束の間覚えさせたが、体内で異物が蠢く感触に、すぐ芯が蕩けた。
「く、ぁ・・・い、急ぐ、なよ・・・!」
 入り口に指を掛け、ぐりぐりと回転させると、サンジの喉から絶え間なく呻きが漏れた。奥まで差し込んでもあるのは空洞ばかりで、入り口を刺激したほうがいいのだということを、ゾロはサンジと躯を合わせるようになって初めて知った。後ろでも、微かにだが「濡れる」ということがあることも。
「ぅあっ、あ、あぁっ!ゾ、ろぉっ!!」
 神経を直にかき回され、蹂躙されているような感覚はサンジの理性を奪っていった。いくら水音で些細な音はかき消されるといっても、大きな音までは誤魔化すことはできない。むしろ、風呂場という音が響く環境で、音を消す行為に意味はあるのか。この時点で、ゾロは単に状況を変えて楽しみたかっただけだということが見て取れた。
 キュウキュウと締りの良い筋肉が無骨な指を締め付ける度に、ゾロも余裕を無くしていった。
ゾロは、近くにあったボディソープを引っ掴むと、短く「入れるぞ」とだけ言い、サンジの白い足を片方掴み上げ、立居のまま挿入を試みた。
「あ、焦るなって!ゾロ!」
 早すぎる展開に、流石のサンジも抗議の声を荒げる。だが、次の瞬間には、痛みが走るほどに張り詰めた怒張が宛がわれていて、もう覚悟を決めねばならなかった。
 侵入を試みるその質感は、圧倒的に存在感を主張していた。想像以上の質量に固唾を飲む音が、ピアスの金属音と混じって微かに鳴る。
「ぐっ、・・・ぅぅあぁあああ!」
 肉を割り、腰を砕きながら「入り込んでくる」感覚に、サンジはぎゅっと目を閉じた。
 そのまま、ずるるるる・・・っと、最奥まで収めると、急激に引き戻す。陰圧で内臓すらも引きだされそうなると、またサンジの体が一際大きく戦慄いた。
「はあ ぁ はっ ・・・」 
 異様に熱を帯びた熱杭が隙間無く埋められ、気道すら締め上げあれるような息苦しさに声すら出すことも叶わず、喉を鈍く鳴らし、それでもサンジは耐えた。
 タイル張りの壁は、冷や汗を吸ったように冷えきっている。
 その温度差がサンジの動きを封じ、ゾロが腰を打ち付ける度に、目の粗いタイルがサンジの薄い背中を削ってチリチリとした痛みをもたらした。
「も、ヤメ、ろっ・・・!」
 あまり行き過ぎた行為に、サンジは拒否の姿勢をとる。
「ふっ・・・なにを、ヤメロって・・・?」
 だが、ゾロは聞き入れなかった。
 挿入を繰り返す度にソープが泡立ち、必要以上に淫靡な音を立てていた。シャワーの水音と混じってグプグプと鈍い泡音が漏れ、サンジの羞恥を煽っていく。だが、このコックはどこまでも素直でなかった。
「い・・・てぇん、だよっ!この デカチン、がぁっ!!全然キモチよくねーんだよ!てめえだけいいようにこすりやがって!」
 あんまり煩いので、ゾロはサンジを握りこむと、同時に、深く埋めたペニスで内壁を擦り、蕾の一番敏感な部分をカリで引っ掻くように貫いた。
「あっ!?アッ・・・ゾ、ろ!!」
 急な刺激に、躯をぶるっと大きく震わせると、あっさりサンジは吐精した。
「アッ・・・う・・・ぁぁ・・・」
 余りの噴出の勢いに、自分の胸と顎すら汚れた。
 全身の肌が粟立ち、いつまでも体の震えが収まらず、ゾロに縋って躯を預けた。その拍子に熱めのシャワーが二人の間に降りかかると、白濁は凝固して肌に張り付き、流れ落ちることは無かった。
「おい、抜くぞ」
 短く、吐き捨てるように言葉を投げると、余韻に浸るように荒く肩で息をつくサンジから、ゾロは一気に自身を引き抜いた。
「・・・えっ?・・・・・・うっぐ、あぁあ!!」
 戸惑うようなサンジの声は、後ろを向かされ、壁に手を付いた瞬間にかき消される。
 何ら躊躇いも無く再びゾロが貫いてくる感触は、一度果てた体には負担の大きすぎるもので、痛みだけが鮮明に感じ取れた。
 ただ、躯だけが熱い。
「い、い加減、にっ・・・!」
 サンジの抗議をゾロは完全に無視した。
 絶頂が近いのか、腰を掴む手に力がこもっていて、サンジはまた新たに生まれた痛みに呻いた。
「・・・前言撤回」
 サンジの耳元で、ボソリと低い声が響く。
「・・・あ?ナニ、が・・・?」
 あまり突拍子な言葉に、痛みも忘れてサンジは返す。
「いつだったかな・・・感度が鈍いっつったの、取り消す」
「なっ・・・」
 その言葉に絶句して振り返ったサンジの顔は、耳まで真っ赤に染まりきっていた。
「テメっ・・・!このクソ・・・っ!!」
 次の瞬間には、埋められた空洞に熱い粘液が注ぎ込まれていた。


 いまだ出しっぱなしのシャワーが降り注ぐ浴槽の中で、サンジは額に青筋を浮かべ、仁王立ちしていた。

「この際、風呂が汚れたのは許そう。だがな、ゾロ・・・何度も中に出すなって言ってんだろが!」
「あー・・・ワリイ、忘れてた」
「忘れてた、だあ?・・・お前の頭はホントにマリモで出来てるんじゃねえのか!?」
「次は気をつける」
「次だとォ!?次があると思うなよ!後始末がクソ大変なんだよ、この苦労がお前に分かるのか!?」
「じゃあ分かった。次はお前がオレの中で出せばいい」
「はあ?」
「それで相子だろ」
「いやいやいや、意味わかんねえし」
「分かれ」
「つうか、お前耐えられんのか?泣き叫ぼうが血ィ流そうが、最後まで犯っちまうぜ?」
「おー、好きにしろよ。それでお前の気がすむんならな。テメエの粗チン突っ込まれたところで、どうってこたねえよ」
「・・・ほぉ〜、言うな剣豪。テメエ、その言葉、忘れたとは言わせねえからな」
「ところでよ・・・そろそろ船戻らねえと、ナミのやつが煩いんじゃねえのか?」
 怒りを全身に纏っていたサンジは、ナミの名を聞いて途端に狼狽した。
「なんてこった!レディを待たせるなんて・・・おい、ゾロ早く出ろよ!」
 ゾロを蹴っ飛ばすように風呂場から追い出すと、サンジは慌ただしく後始末を始めた。

「くそっ・・・俺としたことが・・・」
 苛立たしげに石鹸を掴むと、ふと力を緩めて煙草に手を伸ばした。シボッと鈍い音を立てて赤い炎が先端を撫ぜても、湿気った葉はなかなか火が移らず余計にイライラが募る。
 どうにか白煙が立ち上って、やっと力を抜いて壁に背を預けると、また背中にチリっとした痛みが走った。同時に、腰から生暖かい粘液が流れ出て太腿を伝った。不快感に身を捩ると、まだじんわりと痺れを残すそこに手を宛がう。
 陸に上がってまで、ゾロとセックスする気になるなんてな。
 自嘲気味に笑みを漏らすと、まだ長いフィルターを、乱雑に壁に押し付けた。



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