■最終章 ・ALL BLUE 「おい、クソ剣士。テメエ、いい加減起きろよ。メシいらねえってんなら、話は別だがな」 ・・・懐かしい声が聞こえた。 ゆっくりと目を開けると、見慣れた天井が映り、次いで、目を射抜くように明るい日差しがゾロの三白眼を刺した。いつもよりなんだか明るさが厳しいと感じる。その原因は、金髪に光が反射しているからだとすぐに気付いた。 「・・・っ、サンジっっっ!???なんで??」 ハンモックから飛び上がる様に体を起こすと、ゾロは心底信じられないという顔つきで目の前の男を見た。 金髪。 碧眼。 巻き眉毛。 黒スーツ。 咥え煙草。 そして、いつもゾロに向けられる、厳しくもどこか許しているようなその視線。 間違いなく、サンジだ。 「ああ?なんだよ、俺がどうかしたか??」 「はあ?だって、お前死んだんじゃ・・・」 「なんだとおぅ!?こんのクソマリモ!寝ぼけてんじゃねえっ!!」 強烈なケリを受けて、たまらずゾロはハンモックから転げ落ちた。 うう、と呻くゾロに視線を合わせると、サンジはにっと笑って外を指差す。 「なあ、ゾロ、甲板出ろよ。おもしれーモンが見られるぜ?」 「うわ・・・なんだ、こりゃあ・・・」 ドアを開けた瞬間、強烈な潮風が吹き抜け、次に、眩い光がゾロの視界を埋め尽くした。 「海が・・・七色に、光ってやがる・・・」 まるで、その海は、虹を沈み込ませたように鮮やかな色彩を放っていた。時折ぱしゃり、と水音がしては、小魚が跳ねて太陽に煌く。 「なんつー悪趣味な海域だよ・・・」 ゾロがぼそっと言うと、またまたサンジのケリが腹に入った。 「何すんだ!このクソコック!!」 「そりゃあこっちのセリフだ!!俺が命懸けて探した海になんてこと言いやがる!!」 「なに・・・じゃあ、ここは・・・」 「“オールブルー”だ」 「まぢかよ・・・」 ゾロは茫然と遠くを眺めた。どこまでも光り輝き、水平線は金色に照らされていた。船首では、ルフィたちのはしゃぐ声が聞こえる。入れ食い状態らしく、竿を入れた途端に引き揚げても何かしらの魚が引っかかっていた。 「・・・っ、何すんだよ、クソ剣士」 ゾロは堪らなくなってサンジの顔に手を伸ばしていた。存在を確かめたかった。触れられる。確かにここにある。 でも、何かが違う。 「お前、お前死んだんじゃなかったのか・・・」 「はああ?なんだよ、さっきから」 アタマがオカシクなっちまったか?言うと、サンジは照れたように言葉を続けた。 「誰が死ぬかよ、夢も叶えねえうちによ」 弾けるような笑顔だった。あの時、バラティエで初めて出会ったとき、ルフィに対して、夢を滔々と語った、あの輝くような眩い笑顔。 そうだよな、死ぬわけないよな。お前は、夢を叶えられる男だ、だからルフィはこの船に乗せたんだ。 ホッとしていると、サンジはすたすたとキッチンへ向かった。振り返りざま、言う。 「ゾロ!お前も好きな魚釣ってこい。好きなように、調理してやる」 ・・・ ・・・・・・ ――――――そこで、目が覚めた。 俺は今でもたまに夢を見る。 サンジとオールブルーを見つける夢だ。 酷くリアルで、とても夢とは思えず、キッチンへと走るが、当然、ヤツの姿はどこにもない。 その度に俺は思い知らされる。 サンジはもう死んだのだということを。 あれから三年が経った。 俺は念願だった大剣豪となった。いや、まだ世の中には強えぇヤツがごまんといるから、間抜けな話だが、本当にそうなのかは分からねえ。だから、まだ航海は続ける。ルフィが海賊王になるまで、ここで右腕を務めるつもりだ。 紆余曲折を経て、海軍コックだったにも関わらず海賊船に乗り込むことになった新しいコック・タジオと共に、もう少しで海賊王になった姿を見ることが出来るだろう。それまでに、俺たちはオールブルーを見つけられるだろうか。 アイツの夢見たオールブルーは、未だに見つけることが出来ないでいる。 もし見つけることが出来なかったら、多分、ルフィはいつか宣言したように、本当にグランドラインを2周でも3周でもするだろう。 俺たちは、きっと最後までその存在を追い続ける。サンジを、その影を追うように。 ゼフに、サンジの遺書が残されているから、遺灰の受け渡しと一緒に送ると電伝虫で申し出た時、「遺書はまだ受け取れねぇ、遺灰はオールブルーに全て流してくれ」と頼まれた。 アイツは最後どうしたと問われたから、苦しんで苦しんで、生き抜こうとして死んでいったと告げた。 暫しの沈黙の後、清々しく、チビナスのわりに、よくやったじゃねえかと言ったゼフの言葉の重さを、今も俺は腹の底に抱えている。 俺はいまだに夢を見る。 それはまるで、サンジが忘れないでくれと哀願しているかのようで・・・いや、忘れられないのは俺自身なのか?これからも、俺はこの夢を見続けるのだろう。 胸に走る傷が、思い出したように時折チリチリと痛むように。 俺たちは唯の一度も、愛してるだの好きだのと口にしたことは無かった。 そのどちらも俺たちの関係にそぐわない言葉だったからだが、今思うと一度くらい言ってやっても良かったのかもしれないとたまに思う。あの薄い唇が、俺に向かって、例え言霊が抜け落ちた言葉でも、愛情を語るのを一度くらい聞いても悪くは無かったかもしれないとも思う。 俺たちは何の疎通もなく手を離した。 記憶の底に体温だけを残してアイツは消えた。 俺たちはきっとこうして、不完全なまま生きて、不完全なまま死んでいく。 FIN. [2004.9.26 up] |
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